高宮敏郎(SAPIX YOZEMI GROUP共同代表)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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日本の大学は別の生態系

高宮 トップ校では、進学先として外国の大学に直接行くという選択肢も出てきています。開成高校が海外大学合格実績を発表するようになったのは2013年です。その翌年に、私どもも海外大学の受験をサポートする部門を新設しました。ただ世界の大学の競争が激しくなる中、なかなか日本の高校生がダイレクトに行くのは難しい。

佐藤 この7年ほど毎年、東京の私のもとへやってくる灘校生のグループに講義をしていますが、灘はイエール大学に進む傾向が強いですね。彼らからはよく「東大も受けた方がいいでしょうか」と聞かれます。もう海外の大学に決まっているけれど、東大も気になる。これには「将来日本に戻ってくる気があるのなら、東大に入っておいて秋に中退しなさい」と答えることにしています。海外の大学は秋入学ですから。

高宮 勉強の仕方が違うので、両方受かるのはとても大変ですよ。

佐藤 ただし、灘の生徒は勉強法が身についているので両方合格しますね。やっぱり読解力の高い子たちなんですね。両方受かって、私の助言通りにした生徒もいますし、MIT(マサチューセッツ工科大学)とプリンストン大、ハーバード大と受かって、MITに行った生徒もいます。

高宮 それはすごいですね。全体としては、日本の子供たちはアメリカの大学を含め、トップの大学には行きにくくなっていると思うんです。日本の大学との差がどんどん開いていますから。毎年秋に世界の大学ランキングが発表されますね。日本の大学は200位以内に東大と京大の2校しか入っていない。いい生徒がランキングの高い学校に集まるという正のスパイラルになって、ますます差が開いているのではないかと思います。

佐藤 それはそうですね。

高宮 開成への実進学者の6割くらいがサピックス卒業生ですが、開成としては東大が低評価だと困る。東大が評価されない大学になると、38年間合格者数が一番でも意味がなくなる。その意味ではサピックスとしても東大には頑張ってもらわなければならない。

佐藤 日本の1億2600万人という人口は、中途半端な規模なんです。たいていのことは日本語ですんでしまうし、その中で教育も商売も成り立つ。でも韓国の5100万人だと、国内向けでは限界があるから、英語でやらざるを得ない。論文も英語で書かないと通用しない。だから世界から見ると、日本は別の生態系なんです。

高宮 なるほど。

佐藤 ちなみにロシアもロシア語だけで通用してしまうから、別の生態系です。ロシアの教育は、17歳で中等教育が終わり、大学は5年制です。私は1992年から95年までモスクワ大学で教えていましたが、教育レベルは非常に高かった。でも閉ざされた知の体系になっていた。

高宮 日本もそうなんですね。

佐藤 ええ。それでも日本は西側世界で、アメリカには開かれている。そこでもう一つ言えるのは、私が見るところ、いまだに日本の大学教育は、後進国が先進国の手法を取り入れるキャッチアップ型なんですよ。明治維新の時に、とにかく早く西欧列強に追いつこうと、全国から記憶力と情報処理能力の高い子供ばかりを集めた。多くの分野は薩長土肥が占めたけれど、教育を受ければかなりのところまで上昇できた。その意味では教育がキャリアパスに重要な役割を果たしたわけですが、そのやり方がうまくいかなくなっている。

高宮 いわゆる進学校は、先ほど話に出たアートの部分があって、勉強以外のところでも様々なことをしています。私どもとしては、偏差値ではない部分でも学校を見て欲しい。

佐藤 それぞれ特徴がありますからね。

高宮 やっぱり学校は、その国や地域に根ざしたものなんですよ。それぞれにカルチャーがある。それを切り離して偏差値だけで見てはいけない。この間、ラグビーを観ていて気がついたのですが、アメリカンフットボールはすごく分業化されていますよね。それぞれ専門職で、パンターと呼ばれるボールをキックするだけの選手は、シューズを履かない人もいる。でもラグビーは、フォワードだって最後までフォローしてトライすることもある。この分業化した戦いと全人的な戦いの違いは、英語試験にも表れているんじゃないかと思ったんです。

佐藤 IELTSとTOEFLの違いですね。

高宮 そうです。英語の「読む、聞く、話す、書く」の4技能試験で、イギリスのIELTSは面接官がいて、やっぱりトータルで試験を見たいと考えている。一方アメリカのTOEFLはCBT(コンピュータ・ベースド・テスティング)で、それぞれを機械が採点する。

佐藤 両者の違いはアナロジカルに理解できますよね。

高宮 世界観が違う。私どもには、アメリカの寮制の中等教育機関であるボーディングスクールへの入学をサポートするコースもあるんですが、どんな部活が多いのか調べたら、一番多いのはサッカー。アメフトとか野球は設備にお金がかかるので少なく、特徴的だったのは、格闘技系がものすごく少ないことでした。

佐藤 理由があるんでしょうね。

高宮 アメリカで合気道を教えている知人に聞いたら、「建国時から腰に銃をぶら下げてきたので、近接戦の土壌がない」と言うわけです。

佐藤 闘う前に撃てばいい。

高宮 逆に私の母校の慶應高校は、格闘技・武術系の部活が13もあるんです。これもその合気道の知人に言わせると「福沢諭吉が武士だったからに決まっているだろう」と。

佐藤 なるほどね。

高宮 グローバルに行き来する中では、そうした地域に根ざしたカルチャーが重要になる。私たちとしては、様々な学校に送り出す時に、こうした学校のカルチャーや、ここで何が勉強できるのか、どんな先生がいるのかなど、数字には表せない情報も伝えていきたいと思っています。

高宮敏郎(たかみやとしろう) SAPIX YOZEMI GROUP共同代表
1974年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。三菱信託銀行(現三菱UFJ信託銀行)に入行し、2000年から代々木ゼミナールの母体である高宮学園に入る。その後、ペンシルベニア大学で教育学博士号を取得(大学経営学)、09年から副理事長。現在はSAPIX小学部などを運営する株式会社日本入試センター副社長も兼務する。

週刊新潮 2019年12月5日号掲載

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