「体が爆発して飛んでしまった!」お坊さんたちが語る“衝撃の覚醒体験”

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「さとり世代」――主に20代の若者たちを、「無欲」で「大人しい」というイメージから、そのように呼ぶそうだ。

 しかし、仏教に伝わる「悟り」とは、必ずしもそのような物静かなものではない。お坊さんたちが書き残した「悟り体験記」を読むと、むしろ心身が根底からひっくり返るような、劇的な覚醒体験が描かれている。

 長年にわたり「悟り体験記」を収集し、その分析を進めてきた仏典翻訳家の大竹晋さんの新刊『「悟り体験」を読む』(新潮選書)から、その「目くるめく体験」のさわりをいくつか紹介しよう。

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 まず江戸時代の禅僧で、臨済宗の中興の祖として知られる白隠慧鶴(はくいんえかく)は、自らの覚醒体験について次のように語っている。

 不思議なことに、夜半になってたちまち遠くから鐘の音を聞いて、忽然として大徹大悟し、身心脱落、脱落身心して、瑠璃でできた楼閣を吹き倒し、氷でできた盤面を放り砕き、どの方向にも空間がなく、大地にわずかな土もない状態になった。20年生きてきて、いまだかつて見ず、いまだかつて聞かなかったような大歓喜。思わず声を張り上げて叫んで言った。「稀有なことじゃ、巌頭(がんとう)老人は依然としてご無事であったわい。」手を打ち鳴らして呵呵大笑したが、同伴の者は驚いて、気が狂ったと見なした。

「気が狂った」と思われるほど激しい体験だが、じつは、これはまだ悟りに至る前の段階である。白隠はこの後「心は驚きのもと崩落」したり、「あたかも豆袋に穴が開いて(豆が)漏れた」ような覚醒体験を経て、悟りを得ることになる。

 白隠の他にも、臨済宗の高僧たちには強烈な悟り体験を獲得している者が多い。たとえば、妙心寺派管長を務めた山本玄峰(げんぽう)は次のように語る。

背中の大骨の両脇がビリビリふるえて、脇の下からは熱い汗がたらたらと流れ、3日も4日も所知を忘じておった。

 天龍寺派管長などを歴任した関精拙(せいせつ)の悟り体験も、負けてはいない。

 わしのようなものでも、初関(しょかん)をブチ抜いたときには、嬉しくて嬉しくて、曹源池の周囲を一晩中踊り回つたものだ。

 関精拙の弟子で、妙心寺派管長を務めた山田無文(むもん)は、さらに激しい悟り体験記を残している。

 わたくしは飛び上がるほど驚いた。(…)無は爆発して、妙有の世界が現前したではないか。(…)天(あま)の岩戸はたちまち開かれ、天地創造の神わざが無限に展開されたのである。すべては新しい。すべては美しい。すべては真実である。すべては光っておる。そしてすべては自己である。わたくしは欣喜雀躍(きんきじゃくやく)した。手の舞い足の踏むところを知らずとは、まさにこのことであったろう。

 極めつけは、円覚寺派管長を務めた朝比奈宗源(そうげん)の悟り体験である。坐禅の最中に、ひょうし木のカチンという音を聞いた瞬間――

 そのカチンが全く突然でその衝撃でまるで儂の体が爆発して飛んでしまったように思え、がらりーとしてあと大衆と一しょに堂内を歩いていても、まるで虚空を歩いているよう、見るもの聞くもの何もかもきらきら輝いた感じ、そこに生も死もあったものではない。ハハァ、これが見性かと、一時に涙がふき出した。

「体が爆発して飛んでしまった」とは、ただ事ではない。しかも、「何もかもきらきら輝いた」ように感じ、「涙がふき出した」という。ここまで来ると、凡人にはついていけない感じだ。

 このように、本物の「悟り」とは、「さとり世代」の大人しいイメージとはかけ離れたものなのである。

デイリー新潮編集部

2019年12月3日掲載

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