台風19号「亡くなった息子の頑張りを知ってもらえたら…」実名公表されない遺族が取材に応じた理由

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「台風19号」実名を公表されなかった犠牲者の人生(1/2)

 秋色深まる列島を襲った観測史上最大級の「台風19号」。災禍の後に残されたのは名前のない62人の犠牲者たちだった。国と自治体は不毛な議論を繰り広げ、事なかれ主義で実名を伏せ続けるが、我々には彼らの人生を知ることこそが求められているのではないか。

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 米・ワシントンDCの中心部に位置する国立公園「ナショナルモール」は、リンカーン記念堂やワシントン記念塔といった観光名所で知られる。その広大な敷地内に、毎年11月11日のベテランズデー(退役軍人記念日)になると、全米から数多くの人々が訪れる漆黒の壁「ザ・ウォール」がある。全長150メートルに及ぶ黒い御影石には、ベトナム戦争で命を落とした6万人近い米軍兵士の名前が隙間なく刻まれている。

 華美な装飾とは無縁な、名前だけが整然と羅列された壁を前に、ある者は跪(ひざまず)いて花束を手向け、またある者は幼いわが子に在りし日の祖父の思い出を語る。

 ここに刻まれた名前は決して記号などではなく、彼ら一人ひとりが「生きた証」そのもの。物言わぬ黒い壁は、見る者に戦没者の「人生」を思い起こさせ、戦争の悲劇と不条理を後世に伝えている。

 それでは、日本の場合はどうだろうか――。

 10月12日から13日にかけて東日本を縦断し、関東甲信越・東北地方に甚大な被害をもたらした観測史上最大級の「台風19号」。

 いまなお行方不明者の捜索が続くなか、11月14日現在までに確認された犠牲者は13都県で92人に上る。

 しかし、そのうち実名が公表されているのは僅か3分の1に過ぎない。つまり、残る60人は「匿名」のまま、死者数にカウントされているのだ。犠牲者の身元が判明していない東京都を除くと、氏名を公表したのは岩手県、宮城県、栃木県、長野県の4県に留まる。

 被災自治体のなかで「31人」と最も多く人命が失われた福島県も、犠牲者の実名を明かしていない。

 この対応を巡っては、内堀雅雄知事が定例会見でたびたび質問を投げかけられているが、

〈犠牲者の方やそのご家族等のプライバシーを尊重し、これまでと同様、公表しないこととさせて頂いております〉(10月21日)

 と繰り返すのみ。宮城県が実名の公表に踏み切ったことを突きつけられても、

〈私が知っている範囲では、47都道府県のなかで、宮城県のような事例は比較的少ないのではないかと思います〉(10月15日)

 要は、「ウチだけじゃなくてヨソも公表してないでしょ」と仰りたいのだろうが、その発言には責任逃れの感が否めない。

 とはいえ、福島県は東日本大震災で原発事故という災禍、さらには風評被害に見舞われている。犠牲者や遺族のプライバシーに敏感になるのは、ある意味で当然かもしれない。しかし、

「県や市の対応にはどうしても納得できないんです。亡くなった息子の実名を公表するかどうかといった相談も一切受けていません」

 福島県南相馬市の職員だった大内涼平さん(25)を失った父親・敏正さん(56)が苦しい胸中を明かす。

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