金杉恭三(あいおいニッセイ同和損保社長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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交通事故を減らす保険

佐藤 保険が変わってきた中で、発想自体が新しいというものもあるんですか。

金杉 損保会社はさまざまな保険を扱っていますが、非常に大きなウエイトを占めているのが、自動車保険です。自動車は、タイヤが四つあって、ハンドルがあって、エンジンがあってと、昔からほとんど形状は変わらない。同じように保険もほとんど変化がなかったんですが、ここ数年、自動車がエレクトロニクス化、IT化して、いろんなデータが取れることがわかった。じゃあそれを保険に適用しようとなったんです。

佐藤 なるほどここでもITやAI、ビッグデータが影響を与えている。

金杉 テレマティクス自動車保険というのですが、運転の挙動をデータとして積み重ねることによって保険料を決められる保険を作りました。

佐藤 例えば、しょっちゅう急ブレーキを踏んだり、急アクセルを踏んだりすると、保険料が変わるわけですか。

金杉 ええ、変わってきます。運転の上手い下手だけじゃなくて、その人が制限速度をオーバーしているとか、様々なデータを蓄積していく。すると、運転の挙動と事故との相関関係が出てくる。事故を起こす確率も計算でき、それによって確率の低い人は保険料を安くすることが可能になったのです。

佐藤 それは画期的ですね。

金杉 もう20年も前になりますが、トヨタ自動車が車を一気にIT化させ、走行時のデータを通信で飛ばせるようになりました。その車をコネクティッドカーと言いますが、そこから一緒に研究を始めました。トヨタ自動車でコネクティッドカーが本格化したのが平成28年で、弊社の保険が出たのは昨年になります。

佐藤 つい最近のことなんですね。

金杉 事故を起こす確率だけではなく、運転挙動をドライビングスコアという形で点数にします。安全運転だと100点、乱暴な運転だと、30点、40点となるわけですが、人間は点数がつくと良くしようとするんですね。

佐藤 なるほど。

金杉 ただ急アクセル、急ブレーキ、速度超過を見るのではなく、地図のここで急ブレーキを踏んでいますよとか、ここで速度超過していますよ、という履歴まで全部出る。それが数値になって本人に伝えられることで、事故を起こさなくなるわけです。

佐藤 スマートウオッチをつけて、心拍数とか血圧なども同時に測れば、身体的な状態もわかって、より正確に事故の確率を予測できるかもしれない。

金杉 そうですね。そもそも危険な運転の方には保険料を高く、安全運転を心掛けている方には安くという仕組みで作った保険なんですが、事故を起こさなくなる効果があった。

佐藤 人間工学的なものと結びついたところが面白い。やっぱり人間は自分が評価されていくことに喜びを見出しますから。

金杉 運転には性格が出ると言いますが、スコアがついて客観的に見られると、悪いところは直していこうという気持ちになる。安全運転にもつながる保険ということで画期的です。

佐藤 そうですね。ただプライバシー侵害とか監視につながるとか言ってくる人はいませんか? このコンセプトは、中国だったら直ちに受け入れられるでしょう。信号を無視して横断歩道を渡った人が顔認証で特定されるような社会ですから。でも日本だと微妙なところもありませんか。

金杉 そこはセンシティブな問題ですね。

佐藤 ただ考えてみると、プライバシーって、比較的新しい概念なんですね。200年ちょっとの歴史しかない。元はラテン語のプレバーレから来ていて、「囲い込む」とか「奪う」という意味です。

金杉 そうなんですか。

佐藤 だからプライバシーは「自分のもの」で、自分で処理できる、破棄しても構わないという意味合いがある。守る観点だけからプライバシーを重視するのではなくて、社会とどこかで折り合いをつけていくものとして考えることが必要なんですよね。

金杉 保険では、データを匿名加工して確率を調べていきますし、その結果はご本人にフィードバックして、必ずご本人が利益を得る仕組みになっています。

佐藤 さらには、社会全体で安全運転が強化される。

金杉 実はこのテレマティクスの技術は4年前にイギリスのBIGという会社を買収して手に入れたもので、ヨーロッパの方がはるかに進んでいるんですよ。

佐藤 欧州社会だと日本よりさらにプライバシーに敏感ですが、民間企業は政府機関に情報を渡さないという信頼感があるからでしょうね。

金杉 そうかもしれません。

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