「田代まさし」を教育テレビで起用したNHKの浅はかさ 逮捕後の対応も疑問

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 タレントの田代まさし容疑者(63)が11月6日、覚せい剤取締法違反(所持)の疑いでまた逮捕された。薬物事犯での逮捕は5度目、覚せい剤では4度目だ。覚せい剤の依存性は強烈で、やめるのが容易でないのは医療関係者や捜査関係者たちの間では常識だが、田代容疑者が依存から完全に脱したと思い込み、彼に芸能活動の場を与えていた者たちもいる。それは脱・覚せい剤にプラスにはならなかったのではないか。例えば、NHK教育テレビ「バリパラ」(木曜午後8時)だ。7月4日、同11日の2週にわたって出演させて、薬物依存問題について語らせていた。短慮と批判されても仕方がないだろう。

 あらかじめ断っておくが、田代容疑者の肩書きは「タレント」とする。「元タレント」と称しているマスコミも少なくないが、彼は芸名の田代まさしでYouTubeに自分のチャンネルを開設し、それを活動の柱の一つにしているほか、全国各地で催されるパーティーなどで営業活動を行っているからだ。また、約1年前の2018年10月29日にはAbemaTVのネット番組「スピードワゴンの月曜The NIGHT」にゲスト出演もしている。

 一方で、2014年7月に2度目の服役を終えた後、薬物依存者の支援組織「日本ダルク」のスタッフとして働き、自らも覚せい剤依存からの脱却を目指していたが、最近は足が遠のきがちだったらしい。関係者の話によると、少なくともここ1年ほどはスタッフとしての勤務実態はないという。どうやら最近は脱・覚せい剤への取り組みに熱心ではなくなっていたようだ。

 となると、覚せい剤をやめるのは難しかっただろう。本人が強い意思を持とうが、簡単にはやめられないものなのだから。覚せい剤依存は再発性の高い、いわば「病気」の一種とされている。

 田代容疑者の薬物事犯を振り返る。
●2001年12月 東京都大田区の民家内をのぞいたとして軽犯罪法違反容疑で逮捕。2日後には覚せい剤取締法違反容疑(所持)が判明し、再逮捕。使用でも立件。「髪が薄くなってきたのが気になり、覚せい剤に手を出した」などと供述。判決は懲役2年、執行猶予3年
●2004年9月 同中野区新井バタフライナイフを不法所持していたとして銃刀法違反容疑で逮捕。覚醒剤取締法違反、大麻取締法違反容疑でも逮捕。懲役3年6月の実刑判決を受けて服役
●2008年6月 服役終了(仮出所)
●2010年9月 横浜市中区の駐車場で警察官に職務質問され、コカインを所持していた疑いで現行犯逮捕。麻薬取締法違反容疑
●2010年10月  同上の現場で覚せい剤と大麻も所持していたとして覚せい剤取締法、大麻取締法違反の疑いで再逮捕
●2014年7月 服役終了(仮出所)

 ここまで田代容疑者を引き寄せる覚せい剤とは、どういった効果があるものなのか。使用すると疲労感が取り除かれ、気分が高揚し、多幸感に包まれる。性行為の時に使用すると、男性は持続性が高まり、女性は全身が性感帯になるとされている。

 一方で覚醒剤は、一度でも使用してしまうと、これによって得られる強い快楽を再び味わいたという欲求にかられるという。また、覚せい剤の効果が切れた後に生ずる疲労感から逃れるため、またやりたくなってしまう。つまり精神的依存だ。

 そのまま覚せい剤を使用し続けると、ほんの数ヶ月で中毒症状が現れる。幻覚や幻聴、妄想、不安、不眠、鬱、記憶力の低下などである。

 病院などの治療施設やダルクなどの支援組織の手を借りず、独力で脱・覚せい剤を成し遂げるのは至難とされている。また、ようやく覚せい剤をやめられても、精神に異常が残ってしまうこともある。

 筆者が過去に取材した元覚せい剤依存者は、「酒は一滴も飲まない」と言っていた。なぜ、酒を飲まないのか?

「酒を飲み、理性が揺らぐのが怖い。酔って気分が良くなったり、気が大きくなったりすると、ブレーキが効かなくなってしまい、覚せい剤をやってしまいかねない」(元覚せい剤依存者)

 この人は覚せい剤をやめてから約10年が過ぎていたが、それでも再犯が怖いというのだ。こうも言っていた。

「覚せい剤は、『やめられた』と胸を張って宣言できるものではなく、『きょうもやらずに済んだ。あすもやらずに済まそう』と考えるもの。1日1日の積み重ねなのです。決してオーバーではない。あの強烈な快感を知ってしまうと、それが忘れられず、『またやってしまうのではないか』という不安にかられる」(同・元覚せい剤依存者)

 この人に限らず、真摯に脱・薬物依存に取り組んでいる人は、一様に酒を飲まないそうだ。禁煙に成功した人が、酒を飲むと気が緩んでタバコを吸ってしまうのと似ている。酒がいけないのではなく、気が緩むのがマズいのである。

 それくらい覚せい剤はやめるのが難しいのだが、NHK教育テレビは田代容疑者を「バリパラ」に出演させる際、相応の覚悟があったのだろうか。

NHKは「なかった」ことに

 同番組は7月4日と同11日の放送で、「田代まさしが薬物体験を語る特別編! 教えて★マーシー先生」と題し、田代容疑者を覚せい剤依存の克服者として出演させた。NHK教育テレビは「もう再犯はない、依存から脱した」と確信できていたのだろうか? そうであるなら、その根拠は何だったのか。

 番組を制作したNHK大阪放送局の広報部は「(元依存者という)当事者の声を伝えることに意義があると考えました」と説明するが、それなら田代容疑者でなくともよかったはず。ダルクなどの支援組織の人のほうが、知識も豊富で視聴者に有益な情報を提供できたに違いない。単に田代容疑者の知名度や話題性に引かれての出演依頼としか思えない。

 「パリパラ」は、日本テレビの「24時間テレビ」のアンチテーゼとして「2.4時間テレビ」を企画・放送するなど、野心的な番組づくりをすることで知られる。田代容疑者の起用もそういった野心の表れという気がしてならない。ただし、それは視聴者の利益にはつながらない。

 いずれにせよ、結果的には視聴者を裏切ってしまったのだから、責任は軽くないはずだ。企画意図、人選理由等、視聴者に対して細かな説明をするべきだろう。田代容疑者へ支払った出演料で覚せい剤が買われてしまった可能性も否定できないのだから。

 ところが、NHK教育テレビは、番組ホームページから田代容疑者の出演歴を削除してしまい、田代容疑者の番組出演自体を、まるで「なかったこと」のようにしてしまった。その理由についてNHK大阪放送局広報部は「総合的な判断」と答えた。

 「バリパラ」への出演は、田代容疑者にとってもプラスにならなかったのではないか。放送後、SNS上でかなり話題となり、営業活動などをするにおいては追い風になっただろうが、そもそも田代容疑者は過去、芸能活動のストレスから覚せい剤に手を出してしまったと告白している。本人が向かないと示唆していた芸能界に、不用意に引きずり込まないのが、テレビ局が行うべき配慮の一つなのではないだろうか。

 今年7月12日にアップされた田代容疑者のYouTubeでも、彼は2001年に最初に覚せい剤に手を出した理由ついて、「レギュラー番組が週に12、13本あり、(自分のギャグが)本当にウケているかどうかと思うと、ノイローゼになりそうだったから」などと語っている。やはり仕事の重圧と覚せい剤には関連性があるようだ。

 また、この動画内では覚せい剤の入手ルートも告白している。「あるテレビ番組のAD(アシスタントディレクター)から渡された」と振り返った。そのADから「元気ないですね。元気の出るヤツ、ありますよ」と言われ、勧められたという。

 ただし、ADの記述は過去の供述調書や裁判の公判記録にはない。田代容疑者に覚せい剤を渡したとされるのは運転手で、事件当時に逮捕されている。

 なぜ、田代容疑者が、最初の覚せい剤事件の入手ルートを「開封」したのか。話を面白くするために過ぎないのか、記憶の誤りか、真相は本当に違ったのか……。

 ちなみに薬物事犯の逮捕者は年間1万3000~1万4000人。うち覚せい剤は1万人。一度捕まりながら、覚せい剤を断ち切れず、また捕まる再犯率は約65%だ。日本は覚せい剤大国である。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
ライター、エディター。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年11月10日掲載

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