織田信成激白! “関大の女帝”の「恫喝」と「嘘」と「無視」でうつ状態に追い詰められ…

スポーツ 週刊新潮 2019年10月31日号掲載

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僕は“関大の女帝”に排除された――「織田信成」初激白(2/2)

 今年9月、突如として関西大学アイススケート部監督からの退任が発表された織田信成。その背景にあったのは、「関大の女帝」こと濱田美栄コーチ(60)からの嫌がらせだった。織田本人が“電撃退任”の背景と心境を語った。

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 2017年4月に、織田は濱田氏と関大の芝居敬司学長に乞われる形で監督に就任した。濱田氏との間に決定的な亀裂が入ったのは、今年1月のことである。関大関係者が言う。

「うちの体育会は“文武両道”を掲げています。それを強く意識する織田さんは、スケート部の学生の学業の成績不良を見過ごせなかった。そこで、練習時間を変えることを提案したのです」

 この改革案について織田に確認すると、

「学長補佐でもあるスケート部顧問に全て相談した上で、そういった提案をしたのは事実です。午前9時から午後1時までは大学生らが練習できる特別枠でしたが、大学の講義と重なってしまう。そのため、夕方以降を大学生らの特別枠にする案を考えました。同時に、小中高生が給食も食べず、学校を早退して練習に駆けつける状況も改善したかった。実際、1月末には顧問やコーチを集め、事前にレジュメまで用意してプレゼンしています。極力練習時間が減らないように工夫したつもりで、その場では濱田先生にも“まぁ、勉強も大切やもんね”と承諾してもらいました」

 だが、3月から実際に練習時間が変更されると、

「濱田先生がイラ立つようになって、“この練習時間は評判が悪い!”“これじゃ、子どもたちの練習ができない!”と僕を直接怒鳴るようになった。挨拶も無視され、これまで以上に陰口を叩かれました。以前にも増して嫌がらせが続き、3月下旬には40度の高熱を出して起き上がれなくなった。結局、10日近く入院することになって、予定していたアイスショーや他の仕事もキャンセルせざるを得ませんでした」

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