即位の礼パレード延期は美智子さまの強いご意向…令和流が霞む「二重権威」の懸念

国内 社会 週刊新潮 2019年10月31日号掲載

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 重さ8トンの「高御座」で、天皇陛下は堂々と宣明を果たされた。今月22日に皇居・宮殿で行われた「即位礼正殿の儀」。続く「祝賀御列の儀」は来月10日に延期されたのだが、そこで浮上したのは、上皇ご夫妻が紡がれた“平成流”との「二重権威」という懸念だった。

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 宮殿の「正殿松の間」で万歳が唱和され、北の丸公園では21発の礼砲が曇天に響き渡る。かくして、内外からおよそ2千人の参列者を招いた「即位礼正殿の儀」は、つつがなく執り行われた。宮内庁担当記者が振り返る。

「天皇だけがお召しになることができる黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)という束帯をまとわれた陛下は高御座(たかみくら)に、髪を大垂髪(おすべらかし)に結われて十二単(ひとえ)を召された雅子さまは御帳台(みちょうだい)へとそれぞれ登壇され、侍従と女官によって帳(とばり)が開かれました」

 鼓(こ)の合図で参列者が敬礼し、安倍首相が進み出ると、

「陛下が『即位を内外に宣明いたします』と述べられました。そして、29年前に上皇さまが仰ったお言葉と同じく『日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います』と続けられたのです」(同)

 首相が寿詞(よごと)を述べ、万歳三唱ののち帳が閉じられ、両陛下は松の間の向かって左隣に位置する「竹の間」の前を通って退出された。その間、およそ30分。令和初めての大イベントは、ここに幕を閉じたのだった。

 この日、19時過ぎから催された「饗宴の儀」に先立ち、本来であれば15時半から「祝賀御列(おんれつ)の儀」、いわゆる祝賀パレードが催されるはずだったのだが、さきの台風19号がもたらした被害を考慮して延期となったのはご存じの通りである。

「延期は18日午前、正式に閣議決定されました。政府はあくまでも『国民感情に配慮して内閣が決めた』との立場ですが、ここにはパレードの当事者であられる両陛下、さらには20日に85歳のお誕生日を迎えられた上皇后美智子さまのご意向が強く反映されていたのです」

 とは、さる宮内庁関係者。その経緯をたどってみると、

「3連休明けで役所が本格的に稼働した15日、菅官房長官は午後の会見で、パレードについては『淡々と(準備を)進めてまいりたい』とし、これを受けて各社は『延期なし』と報じていました」

 全国紙デスクはそう話すのだが、翻って、

「宮内庁内は大いにざわついていました。15日の会見で西村(泰彦)次長は、天皇皇后両陛下について『依然として多くの方の安否が不明であること、数多くの方々が被災されていることに大変心を痛めておられます』と述べています。また、20日にお誕生日を迎える美智子さまが、ご自身に関する祝賀行事などすべてを中止するとも発表したのです」

 会見では、あわせて上皇ご夫妻のご様子も詳(つまび)らかにされており、それは次のようなものであった。

〈今回の台風については、その発生以来、上皇上皇后両陛下とも災害の様子を伝える早朝6時のニュースを始めお昼、夜のニュース等を注視されてきました〉

〈これまで全国各地の様々な災害被災地をお見舞いになってこられた両陛下にとっても、被災地域の広さ、堤防決壊数の多さにおいて他に比較できる災害のご記憶がなく、大変にお心を痛めておられます〉

 かように踏み込んで、沈痛な胸の内が明かされたのだ。先の宮内庁関係者は、

「天皇皇后両陛下が、当初から被害状況を案じておられたのは言うまでもありません。15日午後には松の間にお出ましになり、数時間かけて即位礼正殿の儀のリハーサルにあたっておられましたが、被害のご心配をひたすらなさっていました。その前後で陛下から『どのような形で(パレードが)進められるか検討してみてください』といったご意向が侍従に伝えられ、宮内庁と官邸との協議へと続いていったとみられますが、ここで大きな力となったのが、上皇后さまの強い“お気持ち”でした」

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