少年野球の子どもたちの顔が「暗い」理由――慶應義塾高校野球部を甲子園出場に導いた前監督が自戒を込めつつ分析

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成長しない選手の特徴とは

「じゃあ、修行僧のように全員で耐え忍んで練習をする必要は……」と尋ねる私に、「子どもには必要ないでしょう、まったく」と即答であった。

「自分で決めた練習をやり続けるように仕向ける」ことが指導者の能力だと上田さんは言う。朝から暗くなるまで練習して、最後に「集合!」と言われて「オマエら気合いが足りねえぞッ」と言われるような軍隊的なムードと、自分で考え続けて知恵を絞ってうまくなるのとどちらがいいか。

「『アンタの罵声じゃうまくならねえよ』ってことです(笑)。高校でも大学でも、伸びない選手の共通点はある。下のカテゴリーで、ガチガチの『やらされ練習』をしてきた選手です。どうも日本の野球は、練習とは指導者の言いなりにやるものだと思っている。これだとカテゴリーが上がるほどダメなんですよ」

 でも自分で考えて試行錯誤する経験を重ねていれば、成長も頭打ちにならないはずである。

野球人口減少の危機

 先に紹介した神奈川学童野球指導者セミナーを立ち上げたとき、上田さんには野球人口減少に対する危機感があった。

「9年前、神奈川県の少年野球チームは2千くらいあったんです。それが去年は800、今年は560くらいになってしまって。もう……先が怖いです」と上田さんは打ち明ける。

 上田さんの見立てでは、今後、少年野球チームは二極化するという。ひとつは全国大会に出場するような強豪。対極には練習も緩めで試合には勝てないチーム。

 むむ……。

 大会などで強豪を見ると、人数はそれなりにいる。こういうところは、「わが子を甲子園に」とがんばる親にも支えられ今後も人気を保ちそう。でも上田さんは、「そんなチームでも持たなくなるんじゃないですか」と少し悲観的だった。

 上田さんの教え子の中には、少年野球の指導者として活動している人もいて、そのうちの一人が都大会出場チーム選手の“その後”を追跡調査したところ、7割が中学校で野球を続けていなかったという。

「都大会に出場したら、上でやりたいってなるだろうと思うんですが、ほとんどやらないと。なぜか? 中学校の野球部(軟式)は盛んではないし、シニアやボーイズ(硬式球を使うクラブチーム)はお金がかかるし、親が共働きだとそこまで手伝えなくて、そうなると部活でできる他のスポーツを選ぶんじゃないでしょうか」(上田さん)

高校野球が担うべき役割

 上田さんがこうした状況に対して提案するのは、高校野球関係者の関与を通したすそ野の拡大である。「各都道府県の高野連が普及活動をする。野球をやっていない子も集めて、全国一斉に“ベースボールデー”と銘打って、その日はみんな“試合禁止”にしてね(笑)」

 世間の注目が高い高校野球。その動きは少年野球の人口減少を食い止め、その世界も変えるファクターになり得る。それが上田さんの考えである。「新潟県の高野連が球数制限のことを言い出したら、有識者会議につながって、球数制限の議論が進みましたよね。飛びすぎるバットも良くないという話にまで広がっています。これは良いきっかけになったんです」

 球数制限は、少年野球にもある。これに対する意識は、やはり高校野球での議論が「降りて」来ているのかなと思うことがある。

「私もそうでしたが、『甲子園が目の前』みたいになったら冷静には判断できません。同じようなことが、トーナメントが続く少年野球の指導者の間でもあると思うんです。だからこそ指導者の知識や良心に任せるのでなく、組織として決めていくことが大事なんです」

 そうだ、高校野球の存在感は圧倒的なのだ。高校野球や高野連を悪玉扱いする論調を見かけないこともないが、野球振興に大きな役割があることも間違いない。

 息子が少年野球をやるのもあと数年。高校野球における好ましい変化が少年野球に及んで、少しずつ、筆者の違和感が解消されると良いなあ。そう“パパコーチ”として思うのである。

池谷玄(いけたに・げん)
四十路のライター。趣味はプロ即戦力候補が格安で見られる大学野球の観戦。球歴はソフトボールから少年野球、中学野球部、高校の野球部(硬式)まで。最近好きな選手は福岡ソフトバンクホークスの柳田悠岐選手。

2019年10月26日掲載

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