中家徹(JA全中 会長)【佐藤優の頂上対決/我々はどう生き残るか】

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食の安全保障を忘れてはいけない

 農業人口が激減しただけでなく、著しい高齢化も進む日本。遊休農地もどんどん増えて、平成の30年間で食の安定供給のリスクは一気に高まった。もはや日本の食料自給率は37%しかない。この現状に強い危機感を募らせるJAグループは、今、何をしようとしているのか。

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佐藤 私の浦和高校時代の同級生・末松広行さんが昨年、農林水産事務次官に就任しました。JA全中(全国農業協同組合中央会)前会長の奥野長衛さんとは本を出しましたし、私はここしばらく農業関係のご縁をいろいろいただいています。先般、中家会長の講演も聞きにまいりました。

中家 ありがとうございます。末松さんには、何度かお目にかかっています。食料の自給率に関する本をお書きになってますね。

佐藤 あれに私もちょっと関係していまして、末松さんが食料安全保障課長だったときに、本を出したらって勧めたことがあったんです。

中家 そうでしたか。我々JA全中としても、食料安全保障ということを、きちんと伝えていくことが最重要課題なんです。

佐藤 食というのは、日常生活ではもちろん大切ですが、国家の基本として大変重要です。「週刊新潮」もよく食の安全を扱ってますが、そうすると反響が大きいと言うんですね。

中家 それはいいことですね。でも、みなさん食を取り巻く現状を十分に認識されているかというと、そうでもないんですよ。

佐藤 本日はそこを話していただきたいです。私も含め国民のほとんどは、農業の素人です。農業って50年くらい前のイメージで見ているんじゃないかと思う。

中家 まだまだ、キツイ、汚い、危険という3Kのイメージがあるんじゃないでしょうか。もちろん農繁期は忙しいのですが、今は水田農業なんて、ほとんど機械ですよ。よく話題になるスマート農法では、作業も管理もITやロボットを使ってますから、それほど体力のいる仕事ではなくなっています。

佐藤 農業従事者が高齢化したから、必然的にそうなったという側面もあるでしょうね。

中家 そうですね。そうした昔のイメージがある一方で、すっかり忘れ去られていることがあります。それは、かつて食料難の時代があったことです。私の母は94歳で今も元気なんですが、どうして農家に嫁にきたのかと聞けば、親から「農家に嫁に行けば食いはぐれがない」と言われたから、と言うんですね。昔は食うや食わずの時代があった。でも飽食の時代になって、それがすっかり忘れられている。だから食料不足とか食料の安全保障と言われてもピンとこないんです。

佐藤 軍事的な安全保障の問題と同じで、(危機が)起きてみないと重要性がわからないし、起きたときにはもう遅い。

 自由貿易体制だからといって、いつまでも自由に食料を買える保証はどこにもないですよ。ことにトランプ大統領みたいな極端な人が出てくると。現に今、国によっては小麦の輸出規制が始まっています。

中家 日本の自給率はカロリー(供給熱量)ベースで37%です。つまり私たちの体の6割は外国産の食べ物でできている。外国から食料を買えるのは、平和だという状態が前提にありますが、本当にそれが続くかどうかはわからない。

佐藤 それに為替リスクもあります。円安がすごく進んだら、値段が跳ね上がって買えませんから。

平均年齢67歳

中家 平成の30年間で食の安定供給のリスクは一気に高まったと思います。もちろんグローバル化の中で輸入が増えたり、世界的に災害が多く起きていることも原因ですが、一番大きな要因は、生産基盤の弱体化ですよ。

佐藤 農業現場の実態はどんな感じなんですか。

中家 まず担い手の話から言うと、農業従事者は175万人います。昭和から平成に変わるときは、500万人前後いて、その平均年齢は57歳だった。それが平成から令和に変わるときには、ほぼ67歳になっていた。令和30年には一体どうなっているんでしょう。

 それと農地。遊休農地がどんどん増えている。それを回復させるにはものすごいコストと年数がかかるんです。ですからやっぱり国民の皆さんに農業を、農村を大切にしなければいけないという認識を持っていただきたいんですね。

佐藤 私が尊敬する宇野弘蔵というマルクス経済学者がいるんですが、彼は、資本主義の現状は農業を見ればわかると言っています。農業は天候や土地に影響されるから、資本主義の中で一番弱い部分になる。だからその国の資本主義分析をするには、農業を見ればいい。

中家 何でもかんでも資本主義でやってしまえというのは、農業には通じないですからね。我々としては当然、食料の安定供給が最大の役割と思っているんですが、農業には多面的な機能があって、環境保護とか国土保全とか、様々な役割を担っているんです。

佐藤 私の母は沖縄の久米島出身です。沖縄の離島でサトウキビとか紅芋などの農業がきちんとできなくなれば、もう人がいなくなっちゃいますよ。となると、日本の安全保障上の問題になってくるわけですね。

中家 そこのところは目に見えないから、なかなか理解していただきにくい。また、一つ一つの家族農業が農村コミュニティを守って、そこに根付いている伝統文化を継承しているんですね。だから農家がなくなり過疎化が進むと、そこの祭りや習俗が継承できないという事態を招いてしまう。

佐藤 沖縄などの離島に行くと、そこは役場と郵便局と農協で成り立っている。地方に行くほど農協の力は強いし、必要ですよ。

中家 過疎地だと満足に買い物もできないところがあります。だから地元のJAでは、ものを買いに出られない山間地へ、移動購買車を走らせているんです。それとガソリンスタンド。一般の企業だったら採算が合わず撤退するような場所でもJAのガソリンスタンドはあります。金融機関もそうで、地方銀行が次々なくなっていく中、JAがその役割を果たしているんです。

 地域の活性化なんてJAがやらなくてもいいんじゃないか、と言う人もいるんです。でも我々としては、地域の活性化があって農業が発展する。ただの産業政策としての農業ではいけない。地域政策と車の両輪でやっていかなければならないと思っています。

佐藤 「勝てる農業」みたいなことが極度に強調されちゃうと、工業と変わらなくなってしまいますからね。

中家 もちろん「成長産業化」というのは重要ですが、じゃあ農村はどうするのか。この秋から「食料・農業・農村基本計画」の見直しが本格化しますが、農村をどうするのかは大きな問題です。

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