アメリカ農業は本当に強いのか? 蔓延する薬物依存・退役軍人よりも高い自殺率……

国際2018年6月27日掲載

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 近年、種子・農薬業界の企業で再編が急激に進んでいる。

 種子・農薬業界では1990年代にM&A(合併・買収)の動きが顕著だったが、近年には巨大企業の合併や買収が相次いでいる。2017年6月には中国の国営企業、中国化工集団がスイスのシンジェンタを買収。同年9月にはダウ・ケミカルとデュポンが合併してダウデュポンが誕生した。2016年9月にはバイエルがモンサント買収を発表し、2018年6月に完了した。種子・農薬部門の売上高は250億ドル近くになり、ダウデュポンを抜いて世界最大となった。

 ただ、時事通信の記者として今年2月まで4年間をシカゴで過ごし、『本当はダメなアメリカ農業』を著した菅正治氏は、「こうした合併に対し農業界から歓迎する声はまったく聞こえてきません」という。寡占化が進んだことで企業の価格交渉力が高まり、農家が不利な取引を強いられるのではないか、との不安が拡がっているからだ。

薬物依存が蔓延

 菅氏によると、こうした見通しの暗さを反映してか、近年、農家での麻薬乱用が大きな社会問題になっているという。

「昔は薬物汚染と言えば大都市の問題でしたが、今は大都市よりも地方、それも農村部の問題になっています。本来は鎮痛剤として使用される医療用麻薬のオピオイドは、植物のケシから製造されるのですが、中毒性が強いので、依存症となって乱用する人が後をたちません」

 全米農業連盟(AFBF)と、小規模農家でつくるナショナル・ファーマーズ・ユニオン(NFU)が2017年10月に行った協同調査では、農家の16%でオピオイドの乱用や中毒があったとの驚くべき結果が出た。地方全体では5%だから、農家での蔓延がいかにひどいかが分かる。

 この背景には、アメリカの農家が直面している「豊作貧乏」ともいうべき事態がある。農務省が2018年2月に発表した予測によると、農家のすべての収入から支出を引いた農業純所得は、2018年は前年比6・7%の減少だ。純所得は13年をピークに、ずっと右肩下がりである。

 所得の減少の原因として大きいのは、農産物価格の低迷だ。トウモロコシや大豆、小麦などの穀物、牛肉や豚肉などの畜産物、いずれも生産は好調だが需要が伸びておらず、需給バランスが崩れている。技術革新によって生産は増えているが価格は伸びないという「豊作貧乏」が、ここ数年常態化してしまっているのだ。

農家の自殺率は全米平均の4倍

 アメリカ疾病対策センター(CDC)が16年7月に発表した、12年時点の職業別自殺調査によると、農林水産業は10万人あたり84・5人となり、業種別で最も多かった。全業種平均の20・3人の4倍以上に達しているが、農家の所得はこの調査が行われた12年以降も大きく減少しているから、事態はさらに悪化している可能性が高い。

 農業州であるカンザス州の小麦生産者団体は、この調査を基に「米農家の自殺率は他のどんな業種よりも高い。(自殺率が高いとされる)退役軍人よりも高い」と強調し、「所得は減り、債務は増えている。小麦価格は13年以降で55%も下落している」と苦境を訴えている。

 実際、農家の中でも特に小麦農家の苦境が深刻である。小麦販売の現金収入は、2018年度は2014年度比で35・6%も減るとされる。農務省のまとめによると、2012~2013年度までは米国は世界最大の小麦輸出国だったが、近年はEU、カナダ、ロシアに次々と抜かれて15~16年度には4位にまで転落している。16~17年度には首位に返り咲いたが、再びロシア、EUに抜かれて3位に落ちた。4位のカナダとの差もほとんどない。

 近年、ロシアが小麦生産を猛烈に増やしており、輸出余力が向上。価格競争力や地の利を活かして、大消費地のエジプトを中心に売り込みをかけている。この影響を最も受けているのがアメリカなのだ。

 農業生産物の国際競争に終わりはない。人口爆発に伴う食糧危機の可能性は指摘され続けているが、当面は「豊作貧乏」的状況に変わりはなさそうだ。アメリカの農家を蝕むドラッグと自殺の二重禍にも、終わりの兆しはいっこうに見えてこない。

デイリー新潮編集部