安倍首相「70年越しに『旧宮家』を皇族復帰」という切り札

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狙いは「オーソライズ」

 1947年、GHQの意向もあって11宮家51人が皇籍を離脱した。すなわち伏見、閑院、久邇、山階、北白川、梨本、賀陽、東伏見、朝香、竹田、東久邇の各宮家である。すでに断絶の憂き目に遭った家もあるが、2700年にわたり連綿と受け継がれてきた皇統の「Y染色体」を有する未婚男子は、複数の家庭に存在する。首相自身、かつて野党時代にはこんな論文を寄せていた。以下「文藝春秋」2012年2月号より抜粋する。

〈敗戦という非常事態で皇籍を離脱せざるを得なかった旧宮家の中から、希望する方々の皇籍復帰を検討してみてはどうだろうか〉

〈三笠宮家や高円宮家に、旧宮家から男系男子の養子を受け入れ、宮家を継承していく方法もある。現行の皇室典範では、皇族は養子をとることができないことになっているが、その条文だけを特別措置によって停止させればよい〉

 さらには、

〈敗戦後長きにわたって民間人として過ごされた方々が急に皇族となり、男系男子として皇位継承者となることに違和感を持つ方もおられよう。そうした声が強ければ、皇籍に復帰された初代に関しては皇位継承権を持たず、その次のお子さまの代から継承権が発生するという方法も考えられよう〉

 実際に、安倍首相のブレーンである八木秀次・麗澤大教授は、こう明かすのだ。

「実は、有識者会議の結論はすでに見えています。それは『女性宮家創設』『旧宮家の皇籍復帰』の2案を両論併記するというものです。今回の会議は、一つの方向性を打ち出すのではなく、政府として初めて旧宮家の復帰をオーソライズすることに重きを置くわけです。国民の理解が進んでいないことを踏まえつつ、総理は最終的にはソフトランディングさせたい。その第1段階として秋の会議を捉えているのだと思います。現に総理は、野党時代の終盤に旧宮家の方々と知り合い、今もお付き合いが続いていると聞いています」

 が、そこは疑問の声も上がるわけで、さる宮内庁関係者によれば、

「離脱された方々と現在の皇室との繋がりとなると、実に600年ほど遡らねばなりません。そもそも、臣籍降下した後は一般社会に身を置き、皆さん世俗にまみれて暮らしているわけです。その後の暮らしをみると、たとえば昭和の時点ですでに、消費者金融や風俗店経営に携わっているような末裔もいました。国民感情としては、70年の時を経ていきなり“血が繋がっているので復帰します”と言われても受け入れがたいのではないでしょうか」

(2)へつづく

週刊新潮 2019年10月3日号掲載

特集「いよいよ始まる『皇位継承』議論 急浮上する『旧皇族』! 『女性天皇』vs.『東久邇宮』という暗闘」より

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