吠える男「文田健一郎」が東京五輪へ 最強のライバルが決勝で伝授した秘策

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よき先輩と純な後輩

 だが、昨年12月の全日本選手権と6月の体重別選手権で文田が先輩の太田に連覇して、世界選手権の切符を獲得していたのだ。文田に敗れた太田は63キロ級に変更してプレーオフを勝ち抜き世界選手権に望んでいた。決勝でロシア選手に快勝して優勝していた。しかし63キロ級は非五輪階級だ。文田の優勝を見届けた太田は、階級をさらに上げて67キロ級に変更して東京五輪を目指すことを明らかにした。

 6月の明治杯(選抜選手権)では太田を連破した時、文田はマット上で「東京五輪は俺がとる」と胸をたたいて叫んだ。一方、太田も後輩の文田が別の選手と戦っていた時、「負ければいいのにと思う」などと記者の前で「本音発言」することもあった。強気発言や派手な勝利ポーズで知られる二人。だが、今回の優勝で文田は、「忍先輩は『決勝に進んだら応援するからな』と言ってくれた。終わった時、日本選手のブースで忍先輩は黙って抱き締めてくれました。お礼が言いたかったけど何も言えなかった」と明かした。

 社会人になっても二人の練習場は日体大のマットだった。たった一枚の切符を争わなくてはならなかったため、練習場では目を合わさないようになったり、ぴりぴりした雰囲気も漂ったようだ。「なんでおんなじ世代になったんだ、とか(大田忍先輩が)いなければいいのにと思うこともあった。でもすごくいい距離でやれたんです」と文田。先輩との戦いを振り返っては「俺、涙もろいんだけど…ああだめだ。また涙が」と目を真っ赤にしていた。

 二人の対決は一応終止符を打った。猫好きで「猫レスラー」のあだ名を持つ文田は、猫で有名な海外の島に行きたいそうだが、とてもそんな時間もなさそうだ。一方、「今回の優勝は東京五輪にとっては意味はない。僕を含めて世界チャンピオン経験者が6人もいる67キロ級まで上げて、そこで勝てばものすごい価値がある。悩んでいる暇はない」と言い切る太田。激しく凌ぎあったよき先輩と純な後輩、それぞれがまっしぐらに東京五輪へ走る。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」「警察の犯罪」「検察に、殺される」「ルポ 原発難民」など。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年9月29日掲載

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