クロちゃん、ノンスタ井上……「鼻つまみ芸人」の人生哲学が人気の理由

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 昔から、自己啓発書を出して人生哲学を語るのは、経営者や一流アスリートなどの社会的成功者と相場は決まっていた。だが、最近では、そうではないタイプのタレントが著書で理想の生き方を説き、注目を集めるケースが増えている。

 特に、芸人がそのような本を出すことが目立っている。確かに、タモリ、ビートたけし、明石家さんまといった押しも押されもしない大物芸人の人生哲学を聞きたいと思う人は多いだろう。彼らはテレビなどを通じて常に自分の考えを発信していて、それらの中には「名言」として語り継がれているものもある。

 だが、昨今注目されているのは、そこまでの段階には達していない若手芸人の自己啓発書である。しかも、どちらかというと世間では嫌われているような芸人がなぜかその分野に進出しているのだ。

 例えば、見た目に不釣り合いのナルシストキャラで知られるNON STYLEの井上裕介は、2013年に『スーパー・ポジティヴ・シンキング 日本一嫌われている芸能人が毎日笑顔でいる理由』(ワニブックス)という本を出した。この本では「憎まれっ子世にはばかる」を地で行く彼が、嫌われてもポジティブに生きていくための哲学が語られていた。2015年には彼のポジティブな名言が多数収録された『まいにち、ポジティヴ!』(ワニブックス)という日めくりカレンダーも出版された。

 また、2013年の「アメトーーク!」の企画で「キングオブ低好感度」に選ばれたキングコングの西野亮廣も、近年ではようやく嫌われ者のイメージを脱却しつつあり、絵本制作をはじめとするさまざまなビジネスを手がけて話題を呼んでいる。2016年には『魔法のコンパス 道なき道の歩き方』(主婦と生活社)、2017年には『革命のファンファーレ 現代のお金と広告』(幻冬舎)というビジネス書を出版した。

 極めつけは、今年9月13日に初めての著書『クロか、シロか。クロちゃんの流儀』(PARCO出版)を出版した安田大サーカス・クロちゃんだ。クロちゃんは「水曜日のダウンタウン」(TBS系)に出演して、数々のドッキリ企画で想像を絶するような醜態をさらしてきた。そんな彼は多くの視聴者から嫌われているのだが、なぜかいつも底抜けに明るく前向きで、反省するそぶりも見せない。著書ではそんな彼が自分の半生を振り返り、そのポジティブ哲学について語っている。

 社会人となった今でも親から仕送りをもらっていることについて「仕送りをもらうのは親孝行」と正当化してみせたり、「100%台本通りやればスベったときにスタッフのせいにできる」などと、芸人としての思考を放棄していることを堂々と主張する。クロちゃんという人間のキャラクターや生き様が特殊すぎて一般人にはあまり参考にならないような気もするが、彼の生き方が良くも悪くも注目を集めていることは確かだ。

 なぜ彼らのような「鼻つまみ者キャラ」の芸人が自己啓発書を出すのか。それは、彼らの生き様が一周回ってポジティブに評価されているからだ。SNSによる相互監視が当たり前になっている今の時代、誰もが他人の目を気にして、窮屈な思いをしながら生きている。でも、彼らは自分の欲望の赴くままに、自由にのびのびと生きているように見える。そこに憧れを感じるということがあるのだろう。

 誰だってクロちゃんのようになりたくはない。だが、クロちゃんの生き方には、ひょっとしたら見習うべき点もあるのかもしれない。密かにそう思っている人が増えているのだ。

 多くの人から嫌われているというのは、裏を返せば多くの人から関心を持たれているということでもある。生き様が注目されているポジティブ芸人たちは、他人の目を気にせずにやりたいことをやっている理想の体現者でもあるのだ。

ラリー遠田
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『逆襲する山里亮太』(双葉社)など著書多数。

週刊新潮WEB取材班編集

2019年9月29日掲載

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