山田詠美が語る「複雑な彼」安部譲二さん 82歳人生に幕

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 三島由紀夫の小説『複雑な彼』の主人公のモデルであり、獄中体験を綴った『塀の中の懲りない面々』で、作家デビューした安部譲二さん(本名・安部直也)が今月2日、急性肺炎のため82歳で泉下の人となった。

「実際の安部さんは、“複雑な彼”そのものでした」

 こう語るのは、生前の安部さんが、“親友”と呼んでいた直木賞作家の山田詠美さんだ。

「デビュー作が映画化された1987年は、私が直木賞を受賞した年でもあったのです」

 とは、山田さん。安部さんが世に出るきっかけは、名エッセイストとして知られる山本夏彦氏だった。雑誌「室内」を主宰する山本氏が、まだ素人の安部さんに連載を依頼し、それが書籍化されて大ベストセラーになったのだ。安部さんはその恩を終生忘れず、山本氏を師匠や恩人と呼んだ。山田さんが続ける。

「ある編集者が“変わった2人だから、引き合わせると面白そうだ”といって、対談でお会いしたのが最初でした。それ以降、定期的にお目にかかり、冗談ばかり言う安部さんを、私が窘(たしな)める。実際は年下ですが、私が姉で、彼が弟というきょうだいのような関係でした。最後にお会いしたのは、吉祥寺にある安部さんお気に入りの居酒屋さんでした。店に行く前にお好きなジャムを手土産に持って行くと、“優しいね。ありがとう”と喜んでくれた笑顔が忘れられません」

 安部さんには暴力団員だった過去がある。

「対談で詳細に裏社会の話をして下さり、“これじゃ、活字にできません”と、編集者が音を上げたこともありました。英国の寄宿制学校に通っていた育ちの良さと、裏社会を知る顔のギャップが怖くもあり、またチャーミングでもあった。久しぶりに連絡しようとした矢先、ご家族から訃報が届いたのです」(同)

 がんと診断された安部さんは2015年、大腸の摘出手術をしたという。妻の美智子さんによれば、

「彼は、お医者さんに“延命措置はしたくないし、最期は自宅で迎えたい”と言って、自宅療養を続けていました。抗がん剤も打たず、気休め程度の痛み止めしか飲んでいなかった。仕事をセーブしたことで体力が回復し、病状も安定していたのですが……」

 昨年12月、安部さんは自宅近くのスーパーで転倒してしまう。

「足を骨折して、入退院の繰り返し。4月から自宅に戻れたものの、体力が低下しているのはひと目でわかりました。最期に彼は“自分の人生は運に恵まれて、本当に良かった”と言っていました」(同)

 かくして、安部さんの複雑な人生は幕が下りたのだ。

週刊新潮 2019年9月19日号掲載

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