世界から注目される「人工肉」の可能性 自宅で培養、“フォアグラ”が食べ放題に!?

ライフ 食・暮らし 2019年9月3日掲載

  • ブックマーク

 人工肉といえば、大豆ハンバーグなど植物性由来の代替肉(以下、植物肉)が一般には知られている。その一方、細胞を培養して作る“本物そっくりの肉(培養肉)”も世界的に開発が進められていることをご存じだろうか。これまでSF映画や小説のなかでしか見ることがなかった「培養肉」が、日本の食卓に並ぶ日も近いかもしれない。そんな肉の近未来について、人工肉の培養に取り組む日本の企業「インテグリカルチャー」の羽生雄毅代表取締役に聞いた。

 ***

“培養肉”という聞き馴れない言葉を聞いて、読者のなかには怪しさを感じる人もいるだろうが、この発明によって、ステーキやフォアグラなどがもっと身近な食べ物になるかもしれない。

「人工肉と呼ばれるものには大きく2種類あります。ひとつは大豆ハンバーグなど植物性由来のもの(植物肉)で、ようするに肉に似せたそっくりさん。対して、肉の細胞を培養して作る培養肉というものもあり、弊社はそれの開発を行っています。こちらは見た目や食感、味も肉そのものです」(羽生氏、以下同)

 いま、世界中で人工肉が注目されている理由を、羽生氏はこう語る。

「背景には、世界食糧危機(気候変動による食物の収量減少)に備えて開発が活発になっていることがあります。また、ビーガンやベジタリアンの人口も増えており、彼らからのニーズも高まっている。欧米では動物愛護の観点から注目されていますし、日本など食料自給率が低い国では食糧安全保障上の理由によっても、開発が急がれています」

 日本でも、20億円規模のプロジェクトが人工肉に関して進行中で、インテグリカルチャー社もこれに参加しているという。

コストと法的な問題もクリア

 人工肉といえば、大豆などを使った植物肉のほうが圧倒的に有名だ。アメリカの企業「ビヨンド・ミート」が作る植物肉は、現地のファストフードチェーン店などで提供され、日本でも昨年から、大塚食品が大豆をベースとしたハンバーグ状食品をコンビニで発売している。

 培養肉も一般販売に向けて世界各地で開発中だが、こちらはまだ一般商品化されていないため、イメージするのが難しいだろう。

「植物性由来の人工肉はミンチ状、ハンバーグやパテにするのが限界です。あとは冷凍されたものがほとんどですね。対して、培養肉が完成すれば、今までどおり肉としてどんな調理もできます。しゃぶしゃぶやステーキは植物性では作れませんが、培養肉であれば作れるようになります。2017年に弊社では、人工鶏フォアグラの生産にも成功しています」

 培養肉は、肉の細胞を取り出し、培養液で細胞を増やして作られる。培養肉が完成した報は世界で相次いでいるが、まだどこの国でも市販化はされていない。その原因は、高すぎる生産コストだ。

「2013年にオランダで200グラムの培養肉が作られましたが、そのときにかかった金額は約3千万円でした。とても一般販売できる値段ではありませんでしたが、この原因は培養液にお金がかかりすぎたからです。弊社でも、培養肉を作ることは以前から可能でしたが、量産するのが課題でした。しかし、独自のシステムを構築して培養液の大幅なコストダウンに成功、一部種類の細胞については100グラム1万円相当まで引き下げることができました」

 培養肉の量産化の課題は、培養液に莫大な金がかかることに加えて、法的な問題もある。海外の培養肉のほとんどは、未認可の食品添加物を使用した成長因子(動物の体内において細胞の増殖や分化を促進するタンパク質)で作られている。しかし、羽生氏のインテグリカルチャー社では、この問題もクリアし量産化への大きな一歩を踏み出しているのだ。

「そもそも成長因子は、牛や豚などの体でも作られています。なので、弊社は鶏や牛の肝臓や膵臓の細胞を培養し、そこから出る成長因子を使って肉を培養しています。生物の体の中と同じなので違法な成分は入っていません。僕らが目指しているのは、単に培養肉を作るのではなく、一般に向けて量産することですから」

 この方法で肉を培養しているのは世界初のことだという。

2023年以降に培養肉を一般販売

 羽生氏によると今年末、培養肉に先駆けて、この培養液の一般販売を考えているという。

「販売予定の商品は、水に溶かすと細胞培養液になるタイプのもの。これがあれば、家庭で培養肉が作れるようになります。僕も参加している同人サークルでは、作り方のマニュアルもコミケで売っていて、実際に家庭で肉を培養している人もいます。また、培養液はアミノ酸、糖分、塩分が入っているため、調味料としても使えます。塩味と旨味があるので何にでも使えますよ」

 培養肉の作り方は簡単だ。販売される培養液に細胞を入れ、CO2を一定にする「CO2インキュベーター」と呼ばれる冷蔵庫ほどの機械のなかに入れれば、5日間ほどで細胞が増えて調理できるようになるという。

 現在、培養肉は一般販売されていないが、羽生氏によるとすでに量産化目前とのこと。

「フォアグラだったら2023年から一般販売、次いでソーセージなどの加工肉は2023年に一部提供し、2025に一般販売を見込んでいます。また、ステーキは2025年に一部提供を考えています。なぜこの順番かというと、培養肉では筋組織を作るのが困難なため、筋(すじ)がないフォアグラ、加工肉、ステーキの順に生産が難しいのです。現段階で、家庭で作れるのはフォアグラのようなものですね」

 羽生氏によれば、現段階では量産化に必要な機材は生産中だが、上記のスケジュール通りに進めば培養肉のコスパは格段に良くなる。たとえばフォアグラは、100グラム1800円程度を見込んでいるという。現在、フォアグラは100グラム約700円が相場となっているため、本物よりはまだ少し高いが、着々と培養肉の低価格化は進んでいるといえる。いずれは700円以下で提供できるようになる可能性も十分あるだろう。

畜産農家のビジネスモデルが変わる

 しばしばメディアなどでは、AIの誕生によって消滅する職業が取り沙汰されているが、新たな技術革新がなされれば、それまでの産業が衰退するのは世の常。今回の培養肉が一般化すれば、現在の畜産農家は衰退してしまう、という意見もあるが、これに対して羽生氏は「むしろビジネスチャンス」だと語る。

「畜産農家は消滅しませんが、仕事内容は変わっていくと思います。今は家畜に餌を与えたり、糞尿処理をしたりする仕事がメインですが、培養肉を生業にするようになると醸造業に近い業務内容になります。また、現在の畜産農家は精子販売、流通や加工などにビジネスの重点を置いていますが、培養肉が一般化するとビジネスのやり方も多様になります。牛は所有しているもののどこかに委託している、あるいは少数の牛を飼って細胞だけを納品する、というビジネスモデルに移行していく可能性もあります」

 小規模で培養するならば、地ビールのように独自ブランドを作ることも可能だ。さらに、クックパッドなどの媒体では、独自の味付けや、サシ(肉の赤身の間にある白い脂肪の部分)の形がピカチュウになるというような培養レシピを売るビジネスも考えられる。

「今後も世界中で培養肉の開発は活発になっていくでしょう。僕らとしては個々人でも、家庭で気軽に作れるようになればいいなと思います。大企業が独占するのではなく、レシピなどをオープンにして個性的な培養肉がどんどんできたほうが楽しいですからね」

 世界の食糧問題を解決するだけでなく、クリエイティブなビジネスを展開できる可能性もある「人工肉」。日本はその先駆けとなれるのだろうか。

取材・文/沼澤典史(清談社)

週刊新潮WEB取材班