「教育虐待」にのめり込んでしまう親と、その予備軍に捧げるアドバイス

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子どもの人生に依存しない

 名古屋の事件の憲吾被告は「息子には自分のやりたいことをやってほしいと思っていました」と供述している。多くの教育熱心な親も同じだ。「ただし、人生の選択肢を増やすために、良い教育を受けさせてやりたい」と本心から言う。

 しかし目的と手段が入れ違うと、良い学校に入れるために、不適切な教育的指導すなわち教育虐待に発展する。その結果、著しく自己肯定感が低くなってしまったり、心が壊れたりしてしまえば、仮に良い学校に入れたとしても、その後の人生がおぼつかない。実は、誰だって紙一重である。

 教育虐待を防ぐための提言が三つある。

 まず、子どもの勉強を見ていて感情が高ぶってしまったら、「自分はいま溺れているのだ」と思うこと。すなわちその瞬間、口を閉じ、手足をばたつかせるのをやめること。もしそんなことが続くのなら、子どもの勉強は見ないと決めたほうがいい。自分の感情をコントロールできない親がそばにいるのでは、子どもは自分の実力を発揮できない。

 次に、「子どもの出来は親次第」とか「東大に子どもを合格させた親のやっていたこと」のようなメディア情報を真に受けないことである。もちろんメディア側もそのようなメッセージで不安な親を煽るのをやめるべきだ。

 そして、子どもの人生に、親が依存しないことである。そのために以下の4点を常に自分の心に問うてほしい。これは、教育虐待などから逃げてきた子どもたちを保護するシェルターの運営者からのアドバイスだ。

(1)子どもは自分とは別の人間だと思えていますか?

(2)子どもの人生は子どもが選択するものだと認められていますか?

(3)子どもの人生を自分の人生と重ね合わせていないですか?

(4)子どものこと以外の自分の人生をもっていますか?

 自信をもって「はい」と言える親も少なかろう。しかしそれでいい。最初から聖人君子のような親はいない。親も失敗しながら親として成長するものだ。やり過ぎてしまったと思ったら素直にそれを認め、子どもに謝り、次から改善すればいい。

「自分は教育虐待しないだろうか?」と不安に思う感性をもっているのなら、たいていの場合、大丈夫。子どもを壊すほどひどい教育虐待に至るのは、親に迷いがないケースがほとんどなのだ。

おおたとしまさ
育児・教育ジャーナリスト。1973年東京生まれ。麻布中高卒、東京外国語大中退、上智大卒。リクルートから独立後、教育誌などのデスクや監修を歴任。中高教員免許を持ち、私立小での教員経験もある。最新の著作に『受験と進学の新常識』(新潮新書)がある。

週刊新潮 2019年8月29日号掲載

特別読物「あなたも加害者と紙一重という『教育虐待』――おおたとしまさ(育児・教育ジャーナリスト)」より

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