山田孝之のせいでNetflixに加入してしまったTV評論家が「全裸監督」を激賞する

吉田潮 TVふうーん録 エンタメ 芸能 週刊新潮 2019年8月29日号掲載

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 Netflixに入った。山田孝之のせいだよ。地上波・BSでドラマが量産されているにもかかわらず、純粋に「観たい」と思わせてくれたから。タガが外れた性的好奇心と企画力で、80年代の日本のエロを牽引した村西とおる監督を山田が演じると聞けば、そりゃ観たい。テレビの表現に限界と諦めを覚えている人たちの、心意気を称えるためにも。話題の「全裸監督」である。

 原作は本橋信宏氏の『全裸監督 村西とおる伝』(太田出版)。膨大かつ緻密な取材をもとに、ひとりの男の破天荒な人生をありのままに伝える力作だ。ドラマは設定にフィクションを織り交ぜ、濃密で生々しい人間ドラマに仕上げている。

 エロス全開で殿方がウハウハ喜ぶだけの作品と思ったら大間違いだ。アダルト業界の隆盛期、国家権力や暴力団とのズブズブな関係、女性の人権軽視なども盛り込み、80年代の日本の実情を炙り出す。あの浮かれた時代、何でもアリの昭和末期の匂いが凝縮。これはある種の時代劇で大河ドラマみたいなもんだ、と思った。シーズン1の全8話、一気に観る人が続出というのも納得。私もそうだったから。

 最初、白ブリーフ一丁で巨大なカメラを肩に担ぐ山田を絵に描こうと思ったが、これはそういうシーンを茶化す作品じゃない。稀代の胡散臭さを誇る村西とおるも、山田が演じるとものすごく魅力的な人間に見える。顔の圧と濃さだけでは終わらない、覚悟と矜持を感じさせた。アダルト業界に旋風を巻き起こし、札束と惹句で女性を脱がせまくるシーンだけではない。妻に浮気され、米国の刑務所で受刑者に襲われ、と打ちのめされる姿もある。山と谷をきっちり見せてくれたのだ。

 また、山田の才能に圧倒され、支え続けた玉山鉄二、愛情表現を誤って道を踏み外した満島真之介も、表情に魂が表れていた。山田を排除すべく権力を使い倒す石橋凌、歌舞伎町とアダルト業界を牛耳るまでに上り詰めた極道・國村隼も、迫力増強剤としての本領発揮。ピエール瀧も出てたわよ!

 女優陣も素晴らしかった。黒木香を演じた森田望智(みさと)は、潔癖な毒母(小雪)の支配から抜け出し、解放と自立を表現するにふさわしい演技だった。借金まみれで虚業に絶望していた女優を演じた川上奈々美にも、ある意味でAV業界の犠牲者となってしまった冨手麻妙(とみてあみ)にも心奪われた。脱ぎっぷりだけでなく佇まいも表情も、目を見張るものがあった。民放地上波で順繰りに主役やっとるような女優には到底できないだろうな。

 正直、女性が人権を奪われ、人生を搾取される業界という抵抗感もあった。ただ、ヘアメイク役の伊藤沙莉がバランサーとして存在していたお陰で、溜飲は下がった。女が抱く違和感を絶妙に代弁してくれたから。

 もちろん、実際には人生を狂わされて地獄を見た女性も星の数ほどいるだろう。それでもこのドラマは閉塞感に満ちた今の時代に作る意義があった。この作品に参加しなかった俳優は悔しがれ、と思う。ぬるいドラマを量産しとるテレビ局は目を覚ませ、とも思う。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビ番組はほぼすべて視聴している。