富士山に毎日登る鉄人に学ぶ 素人にも役立つ装備とは

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 毎日富士山に登る鉄人、佐々木茂良さんから学ぶ「正しい装備」第2回である。

 前回に引き続き、佐々木さんの著書『まいにち富士山』から、素人にも役立つ装備に関する章より引用しよう。

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冬も日焼け止めが必須

 日焼け止めとサングラスも必携である。よく知られているとおり、目は長い時間日にさらされると疲れる原因になるだけでなく、白内障などの遠因にもなると言われている。なかでも、残雪や新雪の頃の晴天時にサングラスを着用しなかったら悲劇である。強烈な陽射しが雪に反射してそのまま目に食い込んでくる。なんと雪は、上から降り注いだ紫外線の9割を反射するという。

 30分もすれば目に違和感を覚え、1時間もすれば痛みをともなう。視界がおぼろげになり、時間が経つと目が見えなくなってくることもある。いわゆる「雪目」と呼ばれている症状である。厄介なのは、その後何日も目に熱を持ち、赤濁した白目が元に戻らないことである。まるで朝から酒を飲んでふらついているように見えるから、みっともなくて往来を歩けなくなる。

 これだけ紫外線が強いのは、高度が千m上がるごとに紫外線の量が約10%ずつ増えるからである。日焼け止めは夏も冬も必携品で、表に出ている皮膚には全て塗っておくのがよい。特に、鼻の頭や耳、首の後ろには入念に重ねる。適当にしておくと道中、まだら塗りの隙間がヒリヒリ痛んでくるのが分かるほど強烈なのだ。太陽が顔を出さない曇天の日にも、また晴天時の樹陰でも6割の紫外線が降り注いでいることを忘れないようにしたい。

 富士登山シーズンには男も女も、まるで温泉芸者の厚化粧まがいに白く塗りたくった顔をよく見かける。見栄えは悪いものの、日焼けで皮がむけるのを防ぐためにはやむをえないだろう。汗をかけば途中で塗り重ねる必要もあるので、念のため、必ず予備を持参することである。

 ほとんどの人が気がつかないことだが、リップクリームを持参するのもよい。鼻の頭や鼻の下、唇などがヒリヒリする場合に効果的である。重い荷物ではないからポケットにしのばせておく。山頂で涼しげに塗っていれば、ベテラン登山者だと思われること間違いなしである。

口にも服にも靴にも砂が

 帽子は必ず着用すべきである。長い時間、かぶらずに登り続けると熱中症気味になることも多く、スタミナを削がれる原因にもなる。もちろん、危険防止にも効果を発揮する。念のために、帽子と襟元などを繋いでおける「帽子留め」をつけておくとよい。突風が吹いてアッと思ったときはもう、帽子が空高く舞っていることもよくあるからだ。

 理想的なのは、ツバが前と後ろにあるものだ。鼻の頭を含めた顔面と、首筋の後ろの陽射しを避けられる。後方にツバが張り出したものが見つからなければ、帽子の後頭部にハンカチ大の布を縫い付けたものを探すか、自分でハンカチを縫いつけるとよい。そんな時間もないという人は、首筋にタオルを巻きつけることだ。

 帽子は砂よけにもなる。富士山は砂礫ばかりだが、砂埃も相当なものである。雨が上がって2時間もしない間に、もう砂塵が舞う。風の強い日は本当に苦労するのだ。どんなに口を固く閉じていたつもりでも、口に砂が入りこんでガリガリする。麦茶を口に含んでうがいをするのだが、際限がない。大事な飲料をうがいにばかり使ってはいられないから、我慢して登り続けるしかない。

 衣服や登山靴のほんのちょっとの隙間からも砂が入り込んでくる。帰宅後は衣類を手洗いして、洗濯機で脱水をかけることにしているが、よくもまあこんなに砂混じりになって……と思う毎日である。バケツの底にうっすらと砂が溜まってしまうのだ。

 当然、頭髪も砂混じりになる。無帽の登山者は頭髪に砂をまぶして登っているようなもので、汗もうまく蒸発しないだろうし、頭が重いような気がしてかなわないだろう。

 山頂に辿り着き、顔や首筋、手首に張りつく砂を乾いたタオルで拭き落とす。そこを、濡れタオルでぬぐうとまことに気持ちがいい。荷物にはなるが、濡れハンカチを一つ持っていくと便利である。さっぱりした後でいただくおむすびの味は一生忘れられない思い出になることだろう。

 それからもうひとつ。「目だし帽」をザックに入れておくとよい。夏でも冬でも、富士山の天候が激変するときは、震え上がるほど寒く、怖い。強風や氷雨(ひさめ)、雹(ひょう)、霰(あられ)が顔面に当たると痛くてまともに歩けない。そのとき「目だし帽」は威力を発揮する。

 8月上旬といえば下界も山も文句なく真夏だが、2008年8月9日、豪雨と強風吹(ふ)き荒(すさ)ぶなか雷が落ち、登山者1人が亡くなった。驚いたことに初雪も降った。ここまでの悪天候になることは珍しいが、いざというときに体力を消耗してしまっては命にかかわる。

佐々木のポール二刀流

 富士登山者の中で、杖やストック類を使う人と使わない人の割合は、ちょうど半々ほどだろうか。

 富士山に登り始めた頃の私は、木製の金剛杖を使っていた。140cm程度の長さで、1200円前後。四つの登山ルートの5合目を含む、どの山小屋でも売っているから、現地に到着してからでも購入が可能である。

 金剛杖の長所は、下山のときに頼りになるということだ。落差のある地形を降りていくときに、あちらこちらの岩の窪みに金剛杖をさしはさむことで身体を支えられる。逆に短所は、急所難所の岩の上を手を使って這って登りたいときに、長さが邪魔になることだ。少々重く感じることもある。ただし、急所難所の岩の上といっても、距離にしてはほんの少しなので、金剛杖の愛用者が数多くいることも頷ける。

 子ども用の短い金剛杖もある。軽くてさばきやすい点は、女性に重宝がられるかもしれない。

 5年ほど使い続けたことで先が磨り減り、30cmも短くなったこともあり、やがて私は、チタン製のトレッキングポールを使い始めるようになった。伸縮自在なので、使わないときは縮めてザックの横ポケットに収納しておける。

 現在は左右の手に1本ずつ、2本使用しており、長さは臍(へそ)の位置と定めている。こうするようになってから、登下山の時間を大幅に短縮できるようになった。特に調子が良くないと思われる日を除いて、ほとんどの日は、2本の杖が勝手にリズムをとって頂上へいざなってくれる。

 長さを臍の高さまでにしているのは、両の掌で杖の取っ手を押さえ込む(押し付ける)ようにできるからである。こうすることで、踏ん張りが利かない登山道の砂礫の中でも、スムーズさを保って足を運ぶことができる。

 ただし、これにも短所はある。ポールに身体全体を託することで、両肩に思った以上の負荷がかかってしまうのだ。つまり、肩凝りが激しく、ときどき肩を上下させて揉みほぐさなければならないときもある。実は登山シーズンは、慢性肩凝りで悩む季節でもある。

 この肩凝りは、ポールを調整して長くしてしまえば、たちまち解消してしまう。だが、一定のリズムと時間の短縮のためには、「佐々木の二刀流(2本杖)」をやめることができないのだ。

牛乳もジュースも試した水筒の中身

 次に、ザックの中身についてお話ししよう。

 私は登山の際、身に着けているものが汗でびっしょり濡れるぐらいでないと気持ちがしっくりこない。中途半端な汗では、身体を鍛えている感じがしないのである。だから、ごく自然な身体意識として、いつも汗が出るようなリズムの歩き方をしている。

 ただし、汗として放出する体内の水分は、こまめに補給する必要がある。飲料水はなるべく多めに持参し、多めに摂取するのがよい。

 なんとか汗をかくまいと頑張っている人がいるが、無駄なことである。汗をかくときにはかけばいい。むしろ一杯汗を出した方が気持ちがさっぱりして、登下山が快適になっていく。

 かく言う私も、低山登山を始めた頃は、汗を出すことは疲労に直結するのだと思いこんでいた。だから、全身に言い聞かせ、足の運びも最低限の動きにしてソロリソロリという感じで登っていた時期があった。しかしそのうちに、かえって疲れが倍加することになるとの結論に至ったのだ。

 タレントの故・坂上二郎氏の講演を聞く機会があった。ゴルフ場で脳塞栓に見舞われた坂上氏は、当時水分補給が大切という意識がなかったと話しておられた。

 私はザックに、いつも2リットルの麦茶を持参している。飲み干してしまう日もあるが、大体は、1.5リットル程度の消費の日が多い。牛乳やジュースやコーヒーも大好きなので持参して試したのだが、いざ山で飲んでみると、どちらも濃すぎるというか、くどいというか、疲れがすぐに回復していくようには思えなかった。いくら栄養価の高い飲み物でも、喉ごしが気になるのは困る。いろいろ試した結果、麦茶が一番いいということになった。人それぞれの好みがあるから、一番身体に抵抗がなく飲めるものを探し当てることだ。

 その点、麦茶は淡白で、ここ一番というほどの力を発揮させてくれるわけではないが、癖がなく、その場の喉の渇きを潤すシンプルな飲み物として、まあまあだと思っている。たかが飲み物でも登山途中のリズム調整のアクセント、疲労回復の原動力ともなる大切な代物なのである。

 飲み物のほかに、口さびしい折のつまみものとして、一口チーズ、レーズン、一口羊羹、ピーナッツ、飴玉、そして速効性のあるアミノ酸を含むサプリメント等々を登山衣服のポケットに山のように入れている。

 緊急事態に備えた持ち物のなかでお薦めしたいのは、マジックテープだ。登山者が一番難儀するのは、急に登山靴が破れたり靴底が剥がれたりして素足同然になり、下山が出来なくなる事態である。事前の登山靴点検をしっかり行うことがもちろん大事だが、万一の応急措置を考えて強力なマジックテープの類いをザックに入れておくのがよい。

 最後に、念には念を入れて準備した装備がザックに収まりきらなくなったり、持っていくべきかどうか迷うものが出てきたらどうするか。

 日帰りや山小屋での宿泊を考えているなら簡易寝袋は要らないし、防寒用登山服も防水仕様のレインウェアで代用することができる。ほかに、パンなどの食料や飲料水、着替えのシャツ、電池、杖などはお金はかかるが山小屋で調達すれば荷物を軽くすることができる。だがそれ以外の用品は、安全のためになるだけ自分で持っていくのがいいだろう。

 やたらと新しいもの、むやみに高価なものを買い揃える必要はない。自分なりに工夫して、なるべく快適だと思えるような登山用の装備を身に着け、準備する心がけが大切だと強調しておきたい。身がピシッとしまる心地がしたら、もう登山家の仲間になったも同然である。

デイリー新潮編集部

2019年8月15日掲載

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