富士山に毎日登る鉄人に学ぶ「富士登山のための正しい装備」

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 7月20日放送の「激レアさんを連れてきた。」(テレビ朝日系)で紹介された「激レアさん」が、「ただ暇だという理由で2千回以上 日本一富士山に登っている鉄人」ことヨシノブさん(76歳)。42歳から登頂を始め、今なお散歩感覚で頂上まで登っているというヨシノブさんの健脚ぶりには、ゲストの菅田将暉も衝撃を受けたようだった。

 しかし番組でもチラリとその存在に触れていたように、実は毎日富士山に登っているのは、ヨシノブさんだけではない。元養護学校校長の佐々木茂良さんもまた、定年後の64歳から富士登山を開始して、毎日山頂を目指す生活を送る一人である。

 さすがにこういう登山そのものは常人に真似られるものではないが、その経験から学べる点もある。佐々木さんの著書『まいにち富士山』には、素人にも役立つ装備に関する章がある。以下、同書より引用しよう。

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選ぶなら速乾性衣類

 装備は万全、心意気も高く。

 手前味噌だが、私は自分で作ったこのフレーズの響きが好きである。危険防止のためにどうしてもきつい言い方になるのを許していただきたいが、万全な装備・装着を心がけるところから登山が始まる。

 あらゆるハプニングに対応できる装備があれば、道中、自信と余裕が生まれてくるものだ。逆に、準備が不足すると、どうしても気持ちが落ち着かなくなる。「忘れ物が何だったか」を思い出せないような不安に駆られることもある。そんな心ここに在らざる心理状態は、怪我や事故を待つようなものである。

 事故は予測できない。ここは絶対大丈夫だろうと思うときにも、あるいは心配の必要がないほど安全と思える場所でさえ、起きてしまうのがハプニングというものだ。そして体力は人によって差があり、それぞれの温度差も限界もある。同じ事故に襲われたときに、ほぼ無傷で戻れる人もいれば、下山するほかなくなる人もいる。いや、命にかかわることになる人もいるかもしれない。だからこそ、装備・装着には誰もが努めて時間をかけ、慎重の上にも慎重を期して臨まなければならないのである。

 まず、身に着ける着衣と持ち物から述べていきたい。日常的に山に登っている方はもうご存知のことだろうが、一から準備をするという方は吸汗速乾性の高いものを選んでいただくのがよい。

 まずはポリエステル地あるいはナイロン地など、綿を含まない生地で出来た登山服上下と下着である。私は登山用品業界と何のつながりもないが、経験上、いかに疲労を少なくするかが勝負なので、そのための気配りは念入りに行うようにしている。

 登りはじめの頃は私も登山用衣類の機能・性能をよく知らなかったため、登下山中に汗をかいては着替えをし、その持ち運びに苦労していた。綿を含まない速乾素材のものを着ている今では着替えることがほとんどない(念のため、着替えはザックに入れてある)。以前と比較すると、革命的と言ってもいいほどの便利さを満喫している。

 ただ、高性能衣類は値段の高いのが悩みの種である。それまでの私は、3枚千円程度のパンツを穿いているのが普通だった。山に登るようになってから、1万円札を出しても3枚買えないパンツがあると知って驚いたものだ。ただ、その手の高級品は速乾性のため身に着けていて実に気持ちがいい。山に登らない日にも、ほかの衣類を含めて速乾性のものを身に着けるようになると、気持ちがシャキッとして快適な毎日を過ごしている。

 私としては身分不相応なものを身に着けているので、大変不謹慎だが、穿いているパンツまでお見せしたいくらいである。だから結局自分で言い訳をすることになる。健康と安全を買っていると思えば仕方がないか――。

 登山用品店の売り場に並ぶ、値段も色もとりどりの衣類を目の前にして、どれを買ったらいいのか迷う方もいるだろう。同じ機能の衣類なら、ズボンやシャツの前がホックやファスナーになっているものを選ぶのがよい。ボタンはなるべく避ける。

 真夏の富士山でも、天候が激変すると雪や雹(ひょう)や氷雨(ひさめ)まがいの雨が降ることがある。そんな日には手がかじかんで、ザックのホックがはずせない。また思いがけず体調不良になるときもあれば、生理現象を止められなくなるときもある。手がかじかんでいるときに、悠長にボタンを外したりなどできるわけがない。

 分からないことがあれば、店員に根掘り葉掘り聞くことを勧めたい。

レインウェアの最期

 急に雨が降ってきた時など、最も出番が多いのが登山服に羽織るレインウェアだろう。撥水・防水機能を持つ製品が当たり前になり、種類も数多く出回るようになった。

 それはありがたいことなのだが、機能性に優れたレインウェアは5万円以上する。いくら快適だといっても、値札を見ると、天を仰ぐ気持ちにもなるというものだ。つい安価な方に手が出てしまうが、安物買いの銭失いにならないようにとお伝えしておきたい。性能が悪い製品は、やたらに重く風通しも悪く、ムシムシして汗が噴き出す。だから歩きにくくなり、登下山に時間がかかって仕方がない。

「高価なレインウェア」で、ひとつ思い出したことがある。2年ほど前、文字どおり清水の舞台から飛び降りるような気持ちで買ったレインウェアを2週間目にボロボロにしてしまったことがあったのだ。強風の日に浮石を踏んで滑り、転倒したのである。

 急傾斜の砂礫の坂を3回転して膝や肘、肩を強打し、ようやく止まった。気がついてみると、レインウェアのあちこちに穴が開いている。信じられない思いだった。東京・新宿まで出かけて買ったとき、「これから先、何歳まで登山を続けられるか分からないが、これ以外にまた別のレインウェアを求めることはあるまい」と思っていたのだ。

 あちこちに血が滲んで痛かった。自分勝手な考えだとは思いながらも、身体に少々の怪我があっても、レインウェアの方は破れないでほしかったなどと思ったりもした。そう思うそばから、「バカなことを考えるものじゃない、大怪我になるところを救ってもらったのだ。レインウェアにお礼を」とつぶやく自分の声も聞こえてきたりした。

半袖半ズボンはご法度

 真夏は男性も女性も軽装の人が多くなるが、半袖半ズボンで登るのはご法度である。必ず長ズボンと長袖を着用するべきと思う。長袖では汗をかいて疲れると心配しての半袖かもしれないが、実際にはほとんど差はない。暑さよりもっと重大なことを考えなければならない。

 富士山の登山道は踏ん張りが利かず、滑ることが多い。転倒すれば尖った石の切っ先が皮膚に食い込む。長袖を着ていればその分だけ、傷の程度が軽く済むのだ。また、皮膚ガンの遠因にもなりかねない紫外線のこともある。照らされていると疲労が極度に増すので、とにかく皮膚の露出部分は極端に少なくするにこしたことはない。

 同じ理由で、手袋も忘れてはならない。なにも真夏に冬用のオーバーグローブを着用せよというのではないが、軍手類やもっと薄手のドライブ用の手袋でも効果を発揮する。

 そして最も重要な装備と言ってもいい登山靴は、捻挫から足首を守るためにくるぶしの上まで保護できるハイカット仕様のものを用意する。靴の中が蒸れず、防水性に優れているゴアテックス仕様の靴が望ましい。

 ちょっといいものだと、登山靴は3万円から5万円はする。これも決して安いとは言えないが、やはり高価なものはそれだけの価値があることは実感できる。トレッキングシューズでも登れないことはないが、あまりに貧弱なスニーカーやサンダルに毛が生えた程度のものは大怪我のもとになりかねない。最低限安全性が確保されるものを選びたい。

 店で靴を選ぶときは、登山用の厚手の靴下を持参して履いたうえで(店にも見本で置いてある)、少し大きめのものを選ぶのがよい。よく言われるのは、踵に手の親指の幅1本分の余裕があることだが、私はもう半本分大きめを買うようにしている。以前、親指1本分の余裕で丁度いいと思った靴で、管理と手入れを欠かさないようにしている爪を傷つけた苦い経験があるからだ。

 大きめの靴は中敷を重ねたり靴下を履き重ねたりすることで調整できるが、小さい靴はどうしようもない。店の人の助言を得つつ、慎重には慎重を期して、自分の納得する感触を最優先することが肝要である。

 私は毎年、富士登山を始める5月ごろに、足にマメができたり、靴擦(くつず)れが起きたりするので困っていた。この時期は残雪が多く、5合目から12本爪のアイゼンを装着し、冬用の登山靴を履く。スリーシーズン用(夏用)登山靴に比べて、くるぶしの上方まで覆いのあるハイカットの頑丈な冬靴は、爪先や踵が擦れて炎症を起こしてしまうのだ。

 シーズン中にも靴擦れが重くなり、歩けなくなる登山者を見かけることがある。どうにか痛みを和らげようと、後ろ向きに降りている人もおり、こうなると下山に気が遠くなるほどの時間がいる。

 最近は靴擦れ防止薬(スプレー式も塗り薬もある)が売られているので、気になったら見ておくのがよい。ただ、かなり入念に塗り込まなければならないのが、ちょっと面倒である。何とかならないかと思っているところに、ホームセンターでいいものを見つけた。

「クロロプレーン靴下」といい、ウェットスーツに使われるゴム素材でできている。「靴下カバー」と呼ばれて室内履きに使用されており、靴下の上にまた靴下を履く格好にはなるが伸縮性と保温性に優れているため寒さ対策にもなる。

 これでは暑苦しいと思う人は、爪先専用のものもあるので、一度、試してみると便利なことがお分かりいただけると思う。

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 次回は「富士山登山に持って行く水筒の中身は?」等、素人でも応用可能なテクニックを伝授する。

デイリー新潮編集部

2019年8月14日掲載

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