まるでインディ・ジョーンズ!? 「日本一の恐竜化石」を発掘した学者の、壮絶すぎる日常業務

IT・科学2019年7月3日掲載

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インディ・ジョーンズも真っ青

 北海道で発掘された「むかわ竜」は、新属新種であることが極めて濃厚――驚きの記者発表が6月18日に行われた。この「むかわ竜」は約7200万年前(白亜紀後期)の地層から発見された、全長8メートル以上にもなる大型植物食恐竜だ。頭部からしっぽまで、8割以上の骨が発掘されたことから「日本一の恐竜化石」とも言われる。
 さらにその化石には「他の恐竜には見られない固有の特徴が数多く見られる」というからまさにメード・イン・ジャパン、研究内容が学術誌に掲載されれば、現在のニックネームに代わって正式名がつくことになるのだ。

 恐竜学会を揺るがすこの発表を行ったのは北海道大学の小林快次教授。2013年に始まった発掘調査の陣頭指揮をとり、化石の研究を進めてきた大注目の学者だ。こう言うと、教授自身はクーラーの効いた部屋にどっしり座ったまま、学生やボランティアを大量動員して発掘させる「セレブ発掘」を想像するかもしれない。だがそれは大間違いだ。

 教授になりたての47歳は、今日もみずから発掘に出る。それも、ただの発掘調査地ではない。モンゴルのゴビ砂漠、中国との国境地帯、ヘリコプターでしか入れないアラスカの「極地」、そしてカナダの荒れ地……あのインディ・ジョーンズも真っ青なのだ。ちなみにそのいずれの調査地の近くにも、「ケガをしたり、病気になったりしたら行ける」病院など存在しない――。

 小林の前に立ちはだかる危険はそれだけではない。発掘を邪魔する「敵」も次々現れる。砂漠の砂や寄生虫、クマ、そして化石盗掘者。命がけの事態も日常茶飯事なのだ。そんな“通常業務”を、小林は『恐竜まみれ――発掘現場は今日も命がけ』に初めて綴っている。

一番危なかった体験

 1996年、大学院1年目だった小林はゴビ砂漠のネメグトで行われた調査に参加していた。各国の恐竜学者が顔を揃え、約1カ月にわたった発掘の最終日のこと。「今日は自由行動だよ」の声に、モンゴルが初めてだった小林氏は渓谷地帯へと飛び出す。

 安全のため韓国の若手研究者と連れ立ったはずが、それぞれ化石探しに夢中になり、早々に互いを見失ってしまった。

 そこに雨が降り出した。調査の間まったく降らなかった恵みの雨に「さっきよりも歩きやすくなった、ラッキー」と歩き出すと、崖の斜面に沿って落ちている骨に気がついた。それを追うと現れたのは、なんとほぼ完全な恐竜の頭。両手でやっと持てるほどの大きな岩についた、歯の代わりにくちばしを持つ恐竜、オヴィラプトロサウルス類の化石だったのだ。

「これはすごいぞ!」

 だがそんな幸せ絶頂の小林に危険が襲いかかった。その時の体験を、小林は次のように回想している。

〈上空に真っ黒で重い雨雲が広がっていた。今までにないなと思ったその瞬間、滝のように雨が降り始めた。突然、水の壁が押し寄せてきたようだった。

「この化石、どこかに隠さなきゃ!」

ずぶ濡れになりながら、化石が濡れないようにして岩を渓谷の隙間に入れる。

 さっきまで何もなかった谷には、みるみるうちに川ができ、足元に水が流れ始める。靴底程度だった水位は、5分もしないうちに、靴の中に入ってくるほどになった。さっきの雨で地面が湿り、この雨で一気に川ができたのだ。雷が鳴り響く。近くに雷が落ちているのがわかる。

 くるぶしまでの深さの川を歩いてキャンプを目指す。雨で見づらいGPSユニットの画面を頼りに東へ。川を出て、平たい地面を歩いていくと、その先に茶色い川が現れた。

「これを渡るのか」

 GPSユニットは、目の前の川を渡れと言っている。躊躇している間に、雨がヒョウに変わる。なんとか渡れない川ではない。

 やっと対岸だと思った瞬間、足元が沈んだ。そこは泥が水に溶けた「落とし穴」になっていたのだ。ゆっくりズブズブと沈んでいく。慌てず、目の前の硬い地面にバックパックを置き、そちらに自分の体重を移動する。片足を引き抜くことができた。さらに埋まったもう片方の足を引き出し、自然の落とし穴から抜け出ることに成功した〉

地獄絵図のような濁流、轟音

 渓谷地帯を出れば、あとは簡単に帰れるはず――。モニターが示す「あと500メートル」にほっとした小林氏だったが、本当の危険はここからだった。

〈雨で前がよく見えないが、目と鼻の先だ。駆け足で行こうとしたその時、目の前に100メートルを超える巨大な濁流が広がっていた。

 濁流の波は、ゆうに私の身長を超えている。今朝は何もなかった平原に、今は地獄絵図のような濁流が暴れている。

「あ、終わった……」

 雷は鳴り響き、ヒョウ混じりの雨が降り続く。呆然(ぼうぜん)と立ち尽くす。自然の恐ろしさを目の当たりにする。しかも誰もいない。私一人だ。

「キャンプに帰らないと……キャンプはもう少し」

 つぶやきながら、濁流に引き付けられるように河岸に近づいたその時だった。地響きのような音がした。

 ゴゴン、ゴゴゴン、ゴン、ゴン――。

 地響きは次第に大きくなり、音が最大になると同時に、目の前を1メートルを超える巨岩が、濁流に押されて転がっていった。巨岩を見た私は目を醒(さ)ます。こんな川を渡れるはずがない。

 激しい音とともにすぐ近くに雷が落ちている。自分に落ちない理由は、ない。落ちないことを祈って、水が引くのをただひたすらに待った。2時間ほどした時だろうか、雨脚は収まり、さっきまでの濁流が嘘のように、水が引いていった〉

 その後、小林も、別れ別れになっていた若手研究者も無事キャンプに帰り着いた。だが、これで話は終わらない。

 キャンプのメインテントは泥をかぶり、小さいテントは泥に埋もれ、トラックは数百メートル流される被害のなか、小林氏は見つけた化石を取りに戻るという決断をするのだ。

 中国を代表する著名な恐竜学者に「命をかけてでも、取りに行く価値があるのか」と猛烈に反対されるなか、小林はまさに命をかけて化石を含んだ岩を持って帰ってきたのだった。

 後にこの化石はネメグトマイアという新しい恐竜として命名されることになる。

 みずから恐竜化石を発掘しに行く恐竜学者とは、まさに探検家のことなのだ。

デイリー新潮編集部