怪物「佐々木」が登板回避で物議 35年前甲子園ベスト4の大船渡・元捕手はどう見たか

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百家争鳴の大論争

 第101回全国高校野球選手権大会の岩手大会の決勝戦は、7月25日に行われた。県立大船渡高校の応援席では、1人の野球部OBが後輩たちの敗戦を見届けていた。

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 試合の説明に贅言は必要ないだろう。大船渡は花巻東高校に2−12で大敗した。最速163キロのエース、佐々木朗希投手(17)は決勝戦で1球も投げることなく、最後の夏を終えることになった。今年のドラフトで最も注目される彼の姿を、甲子園で見ることができなくなったわけだ……。

 佐々木のピッチングが超高校生級なら、敗退を伝えるニュースの量も桁違いだった。一部をご紹介しよう。いずれも電子版で、日付は7月26日だ。

◆日刊スポーツ「温存の佐々木朗希ヒジに違和感…準決前医療班に訴え」
◆Number Web「佐々木朗希の登板回避が示すこと。球数制限と日程変更は絶対に必要。」(鷲田康)
◆スポーツ報知「智弁和歌山の高嶋仁前監督、大船渡・佐々木の登板回避に『これで壊れるなら、プロに行っても壊れる』」
◆スポニチアネックス「佐々木起用法で大船渡に多数の苦情 学校に乗り込もうとする者も」
◆THE PAGE「“令和の怪物”佐々木の故障予防の決勝登板回避に賛否」

 応援席で決勝戦を見届けた「1人のOB」とは、吉田亨さん(52)だ。大船渡市に生まれ、大船渡高校に進学した。1984年に春のセンバツでベスト4に進出し“大船渡旋風”を巻き起こした。主将でキャプテン。ポジションはキャッチャーで、エースの金野正志とバッテリーを組んだ。

 高校卒業後は筑波大学に進学。3年生の秋には首都大学リーグで初の優勝を成し遂げ、4年生ではキャプテンも務めた。教員採用試験に合格し、故郷で高校野球の指導に携わった。母校の大船渡高校野球部の監督に就任したのは2004年だった。

 11年の東日本大震災も大船渡高校野球部の監督として被災した。だが、ここ数年は指導の現場から離れている。吉田さんが望んだことではなく、教師人生の流れでそういう立場になっていったという。現在は県立福岡高校の定時制で教鞭を執る。大船渡高校野球部の「前監督」というわけだ。

 そんな吉田前監督に、「後輩たちの敗北に、まず何を思いましたか?」と直接の感想を聞くと、「それは残念という気持ちです。OBとしてもぜひ甲子園に行ってほしいと願っていましたので」という答えが返ってきた。

「大船渡高校野球部を応援する者で、選手たちの決勝戦敗退を『残念でなかった』と思う人はいないでしょう。甲子園のマウンドに佐々木くんが立つ姿を、誰もが見たいと思っていたのは事実です」

 国保陽平監督(32)が「故障を防ぐために起用しませんでした」と説明したことについて訊くと、「本当に難しい判断だったと思います」と労った。

「私には、投げさせたほうがよかったのか、投げさせなかったほうがよかったのか、分かりません。佐々木くんの傍にいて、彼の状態を見定めることができるのは、監督とコーチだけです。その監督やコーチが『登板させない』と決めたのですから、私はその判断を100パーセント尊重します。国保監督は純粋に佐々木くんの体調を見て、『投げられない』と判断したのでしょう」

 今、スポーツジャーナリズムの世界では大きな論戦が起きている。先に紹介した各メディアの記事タイトルの通りだ。「個人をチームより優先する」のか、「チームが勝利するためには、多少は個人を犠牲にしても仕方がない」のか、専門家の間でも未だに意見が分かれている。

 吉田前監督に「高校野球の指導者は、どこまで野球部員の健康状態を考慮するのか」と訊いてみた。考え方として、プロ入りが確実という“金の卵”は大切にしなければならないが、高校で野球を終える選手なら、壊れてもいいから無理をさせるという判断もあり得るのだろうか。

「野球の指導者が遵守すべきなのは、全ての部員の健康状態を守ることです。プロに行く、大学で野球を続ける、高校で野球を辞める……高校卒業後の進路は関係ありません。私は18歳の健康な肉体を壊すような起用法は、監督として絶対に許されることではないと考えます」

 高校野球の監督経験者がメディアの取材に対し、佐々木投手の登板回避に否定的な意見を述べる報道も散見される。こうした意見に関しても、吉田前監督は「当然です」と理解を示す。

「様々な考えがあって当然なのです。その上で1つ重要なのは、これまで『160キロを超えてくるような高校生ピッチャー』は存在しなかったということです。参考にできる過去の指導例はありません。その点、国保監督は大変だったと思います。そして彼は、エースピッチャーの起用法に関して一石を投じました。百家争鳴の論争が起きないほうがおかしいでしょう。今回のケースを含めて、様々な議論をし、高校野球は変わっていく必要があると考えています」

週刊新潮WEB取材班

2019年7月28日掲載

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