こういうリーダーが日本に欲しい!(石田純一)

エンタメ2019年7月7日掲載

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石田純一の「これだけ言わせて!」 第36回

「ニューズウィーク日本版」6月18日号で、「世界のエリートが学ぶ至高のリーダー論」を特集していた。「リーダー論」は他人事ではない。どんなリーダーを戴くかによって、僕らの未来が開かれたり、脅かされたりするのだから。全米最高の教授と呼ばれるジョージタウン大学のサム・ポトリッキオ教授が説いた「勝ち残るリーダー」とは、どんなものだったか。

 それによれば、世界のリーダーの必須条項は、なんといっても「多様性」だという。物事を切り開いて解決するリーダーには、創造的な視点や刺激が必要だというわけだ。そして、そういう視点を持つためには「さまざまな価値観があるなかで、知性の衝突を避けずにほかの人の意見を取り入れることが大切だ」という。たとえ敵であっても、自分と正反対の意見であっても、取り入れるべき意見はきちんと聞く――。大切なのはそういうことである。

 以下、リーダーに必要な多様性について、三つに分けて僕なりに説いてみたい。

 最初に、生まれも育ちも違う多様な人々がもつさまざまな文化的背景、さまざまな意見に触れて、拒否するのではなく受け入れることで、新しい価値や方法を発見することができ、イノベーションが生まれる、ということだ。それが、複雑な問題を解決しうる正しいリーダーの態度だろう。実際、政治的な問題など、一方向から眺めていても解決するはずないのだ。

 次に、翻って日本である。麻生太郎金融担当相は、金融庁のいわゆる金融審議会市場ワーキング・グループが作った報告書を、公式のものとしては受け取りを拒否した。しかし、審議会自体、大臣が指示して12回も開き、税金を使って報告書を作って、それを受け取らないのはなぜなのか。「政府の政策スタンスと異なるから」と言ったけれど、この姿勢、世界のリーダーたちとくらべて、あまりにも偏狭で狭量ではないだろうか。

 都合が悪いこと、自分と違う意見は徹底的に排除する――。それがいまの日本政府のスタンスになってしまっている。その証拠に、菅義偉官房長官は「マスコミは政府と価値観を共にしてほしい」という旨を発言したが、世界の潮流とズレすぎだろう。価値観は違っていていいのだ。金融審議会の報告書だって、突き返すのではなく、これを活かし、堂々と政策に反映すればよかったのではないか。これが出たとき、年金問題があたかも隠蔽されていたかのように突っ込んだ野党も野党だが、突き返す政府も情けない。

 年金制度は、ビスマルク宰相時代のプロシアで始まった年金保険が起源で、当時は平均寿命を超えてから支給されるものだった。そもそも現在の公的年金制度の設計自体が、いまの少子高齢化時代に合わないのだ。だからいま、公的年金は多くの国で見直され、それに代わる私的年金の育成に力を入れているケースが多い。そういう方向に導くのが真のリーダーではないのだろうか。本質がどこにあるのか見失わないのは、リーダーに課された条件だと思う。

 そして三つ目。最近、なにかにつけ安倍内閣から「骨太の」というキャッチフレーズが発信されるが、しかし、一番欲しいのは「骨太のリーダー」だ。

「生きるために食え。でも、食うために生きるな」という言葉があった。残念ながら、日本の「政治屋」たちは党利党略や、議員、大臣としての保身に汲々としていて、食うために生きているように見えてならない。でも、政治家なんてほとんどはいつか失脚するものなのだから、それまで自分が本当に「いい」と思ったことを推進してみてはどうか。そういうリーダーが日本に欲しい!

石田純一(いしだ・じゅんいち)
1954年生まれ。東京都出身。ドラマ・バラエティを中心に幅広く活動中。妻でプロゴルファーの東尾理子さんとの間には、12年に誕生した理汰郎くんと2人の女児がいる。元プロ野球選手の東尾修さんは義父にあたる。