経営者がV9時代の川上哲治監督から学ぶべきこと 「絶対に勝つ」ための戦略

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 今年もまたプロ野球が開幕し、野球ファンにとっては楽しい日々(時には辛い日々)が続くことになる。
 サッカーその他の台頭で、昔ほどの人気ではなくなったとはいえ、現在でもその人気は高い。さらにいえば、プロ野球には他のスポーツの追随を許さない分野がある。それはビジネス系の自己啓発本、指南書のジャンルにおいて野球選手や監督の人気は極めて高いという点だ。

 野村克也氏や落合博満氏などの著書は、「野球本」というよりも「ビジネス書」として読まれることが多いかもしれない。名監督とされる人たちの管理術や人心掌握術などには学ぶべき点が多々ある、というのは多くの賛同するところだろう。
 こうした最近まで現場にいた名監督たちと比べると忘れられがちだが、日本プロ野球史上に残る名監督の一人が川上哲治氏なのは間違いない。
 川上監督率いる巨人軍は前人未到のV9(日本一連続9年)をなしとげているのだ。もちろん、王、長嶋を筆頭に圧倒的な戦力を擁していたことも大きいが、監督としての手腕も極めて評価は高い。その後の多くの名監督に与えた影響も大きい。

 そして、この川上監督からは現代のビジネスマン、特に経営者や管理職は学ぶべき点が多々ある、と語るのは北澤孝太郎・東京工業大学大学院特任教授だ。北澤氏はかつてリクルートや日本テレコム(現ソフトバンク)で営業の第一線で活躍してきたキャリアの持ち主。経営者や管理職の「場当たり的」な姿勢を厳しく批判した新著『「場当たり的」が会社を潰す』の中で、北澤氏は「場当たり的」の対義語は「戦略的」であるという。そして「戦略的」に考え、行動したリーダーの代表例として川上監督を挙げている。

 理由としてまず挙げられているのが、その勝利への執念だ。
 川上監督の口癖は「絶対に勝つ」。
 スポーツをやるのだから当たり前の目標のようにも思われるかもしれないが、川上監督の「絶対に勝つ」ことへの執着は尋常ではなかったという。
 川上監督は自著(『遺言』)の中で、こんな風に述べている。

「戦えば絶対に勝つ。勝って勝って勝ち抜いて、勝ち続ける。プロの値打ちはここにある」

 当時はまだ興行的な側面も強く、「客の反発が怖いから巨人戦には勝たなくていい」と口にする他チームの関係者もいたような時代。そんな時にここまで「絶対に勝つ」という強い思いを持っていたのが川上監督だ。
 北澤氏が着目したのは、この「絶対に勝つ」という「強い思い」を大きな目標として掲げた監督が、それを実現するために「ドジャース戦法」という「戦略」を活用した点だ。メジャー名門チームの戦法を、監督就任時にチームが戦うときの教科書として採用したのである。
 ドジャース戦法は、一言でいえば長打力のある打者、完投能力のある投手など、選手の「個」の力に頼らず、チーム力で勝つ戦法のこと。この戦法をさらに細かな戦術に落とし込み、選手全員に徹底させた点が、川上監督の凄さなのだという。

「のちに、やれ『管理野球』『つまらない野球』と揶揄されたこともありましたが、監督が絶対的権力を握り、チームの作戦を決め、選手の生活指導までやったのは彼が最初です。
 それまでは、監督はチームのスター選手の気持ちを忖度する『場当たり的』マネジメントが当たり前だったのです。川上監督はそのようなやり方を排除しました」(『「場当たり的」が会社を潰す<』より)

「絶対に勝つ」

 巨人以外のチームでは、お気に入りの人気選手がオーナーとツーカーになり、監督よりも上位に立つこともあったそうだが、川上監督はたとえ王、長嶋であっても特別扱いをしなかった。そして、「絶対に勝つ」ための考え方、戦法を繰り返し叩きこんでいった。

「川上監督のユニークさを際立たせたのが、それらの戦法を徹底するために試合前、試合後にミーティングを実施した点です。今でこそ、野村克也監督などがその重要性を説き、どのチームでも実施するのが当たり前になっていますが、当時は選手の個人技中心の時代。監督がミーティングを招集しても全員集まらない、なんてこともあったようです。
 そんな時代に、ミーティングへの出席を徹底させ、プレイを振り返ることだけでなく、人生訓なども話し、選手の気持ちを掴み、自らの方針に納得させて動かしていました。遠征など留守になりがちな選手の家族への気配りとして、選手の奥さんに宛てて、その選手がいかに頑張っているかを綴った直筆の手紙を出すことまでしていたそうです。人を動かすコミュニケーションの達人でもあったわけです。

 整理すると、川上監督は、『巨人軍を日本一の強いチームにする。勝ち続ける』という『強い思い』を持っていました。それを実現するための戦略として『ドジャース戦法』を軸とした『戦略』を持っていました。さらに思いを共有させるために繰り返しそれを語り、さらにミーティングをルーティーンとしました。
 そしてその『戦略』を実現するために様々な戦術を臨機応変に打ち出していきました。また選手の育成のためには人材をあちこちからかき集めたのも戦術の一貫です。
 どのチームも『勝ちたい』と思っていたでしょうし『絶対に勝つ』という気持ちは持っていたのかもしれません。しかしその思いの強さ、それを実現するための戦略とそこから導かれた戦術が、他チームと川上監督率いる巨人軍とではまったくレベルが違ったのです」(同)

川上巨人軍から学ぶべきこと

 北澤氏は、企業人はこの川上巨人軍から学べる点は多い、と言う。

「あなたの会社、つまり所属している集団を考えてみてください。トップやリーダーは川上監督のように戦略的に物事を考えていますか、それとも、『場当たり的』なことが目につくでしょうか。
 経営陣は『強い思い』を持ち、それをもとに戦略を立てなければいけません。そしてその『強い思い』とセットになる戦略は、各部署、社員に周知させる必要があります。
 そのうえで各部署や社員は、戦略に沿った戦術を考え、行動しなければいけません。(略)
 経営陣にとっては『強い思い』は当たり前であっても、それが下に伝わっていないということは珍しくありません。

『いちいち口にしなくてもわかっているだろう』

 そう思う気持ちも理解できますが、大切なことは何度も繰り返す必要があるのです。川上監督はそれをわかっていたからこそ、『絶対に勝つ』というフレーズをミーティング等でも繰り返してきました」(同)

 企業や組織のトップやリーダーが、名監督に学べる点は多々ありそうだ。そして彼らに仕える人たちは、上司が野球のたとえを出してきたからといって、おじさん臭いなどと思って笑わないほうがいいだろう。大事なことを言っている可能性はあるのだ。

デイリー新潮編集部

2019年4月2日掲載

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