脳細胞を破壊され体中を食い荒らされてもなお寄生蜂を守り続けるテントウムシの末路【えげつない寄生生物】

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小さくても防衛能力は高い

 小さく丸くかわいらしい姿をしたテントウムシですが、自分を捕食しようとする多くの敵から身を守る手段をもっています。

 私たちが水玉のようでかわいいと思っている赤や黒の斑点は、実は捕食動物に向けた警戒色です。そのため、鳥などはテントウムシをあまり捕食しません。また、幼虫・成虫とも敵に出会って突かれたりすると死んだふりをして難を逃れます。それでも、動物の口などに入れられてしまった時には、脚の関節から強い異臭と苦味がある有毒な黄色い液体を分泌し、テントウムシを口にした動物はすぐに吐き出してしまいます。

寄生蜂に狙われるテントウムシ

 テントウムシは様々な防衛手段を持っていますが、寄生蜂にはまんまとやられてしまうことがあります。テントウムシに寄生するのは、テントウハラボソコマユバチという寄生蜂です。名前に「テントウ」と入っているのを見て、ピンとくるかもしれませんが、この寄生蜂はテントウムシにしか寄生しません。体長わずか3ミリほどです。

 テントウハラボソコマユバチの雌は産卵できるようになると、まずテントウムシを探します。そして、テントウムシを見つけると、まず麻酔を打ちこみ、その後、テントウムシの脇腹に卵をひとつ産み付けていきます。

 卵から出てきたテントウハラボソコマユバチの幼虫はテントウムシの体に入り込みます。そして、テントウムシの体液を吸って大きく成長していきます。その間、寄生されたテントウムシの体は少しずつむしばまれていきますが、外見や行動に変化はなく普段と同じように生活します。テントウムシの体内で体を食べに食べまくって約3週間後、テントウムシの半分以上の大きさになったハチの幼虫はテントウムシの外骨格の割れ目からゆっくりと這い出してきます。こんなにも大きなハチの幼虫に体内を食い荒らされていたテントウムシは、それでもなお30~40%は生きています。その理由は、寄生蜂の幼虫が、生死に直接影響しない脂肪などの組織を重点的に食べているからだと考えられています。

体中を食い荒らされてもなお寄生蜂を守る

 テントウムシの体から出てきたテントウハラボソコマユバチの幼虫はテントウムシの腹の下にもぐるような形で繭を作り、その中で蛹になります。そうして、テントウムシは繭を抱くような形になります(イラスト参照)。

 そして、3割以上のテントウムシはこの時まだ生きています。命があるうちに、さっさと逃げたら良いのにと思いますが、寄生蜂の幼虫が体内からいなくなった後も、逃げようとはせず繭を抱いています。ただじっと抱いて守っているだけではありません。自分の体の中身を食い荒らした寄生蜂が蛹となって動けない間、蛹のボディーガードをします。蛹になった寄生蜂は動けず外敵に狙われやすい状態です。クサカゲロウの幼虫などは、このハチの蛹が大好物です。しかし、瀕死のテントウムシは、蛹を狙った捕食動物が近づいてくると、脚をばたばた動かして追い払い、蛹を守ります。こうして、ハチが成虫になって飛び立っていくまでの約1週間、テントウムシは蛹を守り続けるのです。

寄生されたテントウムシの末路

 体内で巨大なハチの幼虫に食い荒らされ、そのうえ1週間も飲まず食わずで蛹のボディーガードをしていたテントウムシは、そろそろ死んでしまうのではないかと想像できます。しかし、信じられないことに寄生されたテントウムシの4分の1が最終的に元の生活に戻ります。しかし、その奇跡の生還をしたテントウムシの一部は、再びテントウハラボソコマユバチに寄生される可能性もあるという皮肉な結果になるのです。

どうやってテントウムシを操るのか

 寄生されたテントウムシは寄生蜂の幼虫が体から出てからもなお自分の意志とは関係なく寄生蜂を守ろうとします。体内に寄生蜂がいる状態であればマインドコントロールされてしまうのもわかりますが、体内に寄生蜂がいなくなってからもマインドコントロールは続きます。

 なぜこのようなことが起こるのか、最近まで不明なままでした。しかし、2015年の論文で、その謎の一部がわかってきました。なんと、寄生蜂は麻酔物質と一緒に脳に感染するウイルスをテントウムシに送り込んでいたのです。

 研究チームはハチに寄生されたテントウムシの脳はある未知のウイルスに侵され、脳内がそのウイルスでいっぱいになっていたことを発見しました。そして、寄生されていないテントウムシからはもちろんそのようなウイルスは見つかりません。研究チームはこの新規のウイルスをDCPV(D. coccinellae paralysis virus)と命名しました。

 テントウハラボソコマユバチはテントウムシに麻酔をして卵を産み付ける際に、同時にこのウイルスをテントウムシの体内に送り込んでいました。そして、ウイルスはテントウムシの体内で複製を繰り返して、その数を増やしていますが、この時点ではまだ脳まで広がっておらず無害な状態でいます。そして、寄生蜂の幼虫がテントウムシの体内から出てくるとすぐに、ウイルスがテントウムシの脳内に入り込んで充満し、テントウムシの脳細胞は破壊されていきます。

 しかし、この脳細胞の破壊は、テントウムシ自身の免疫システムによるものだと考えられています。寄生したハチの幼虫がテントウムシの体内で生きている間は、テントウムシ側の免疫遺伝子が抑制されているのですが、ハチの幼虫がテントウムシの体内から這い出てくると、このテントウムシの免疫遺伝子は抑制を解かれ再活性化します。再活性化したテントウムシの免疫システムがウイルスに感染した自分の細胞を攻撃しているのです。そして、自己の免疫システムによって傷つけられた脳は、新規の寄生蜂にまた寄生された場合、再び麻痺することがわかっています。

※参考文献
Dheilly, N.M., Maure, F., Ravallec, M., Galinier, R., Doyon, J., Duval, D., Leger, L., Volkoff, A.N., Misse, D., Nidelet, S., Demolombe, V., Brodeur, J., Gourbal, B., Thomas,F. and Mitta, G. (2015) Who is the puppet master? Replication of a parasitic wasp-associated virus correlates with host behaviour manipulation. Proceedings of the Royal Society B, 282 : 20142773.
Maure, F., Brodeur, J., Ponlet, N., Doyon, J., Firlej, A., Elguero, E. and Thomas, F. (2011) The cost of a bodyguard. Biology Letters 7 : 843-846.
Triltsch, H. (1996) On the parasitization of the ladybird Coccinella septempunctata L.(Col., Coccinellidae) Journal of Applied Entomology 120 : 375-378.

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次回の更新予定日は2019年7月19日(金)です。

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成田聡子(なりた・さとこ)
2007年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。理学博士。
独立行政法人日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターにて感染症、主に結核ワクチンの研究に従事。現在、株式会社日本バイオセラピー研究所筑波研究所所長代理。幹細胞を用いた細胞療法、再生医療に従事。著書に『したたかな寄生――脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』(幻冬舎新書) 、『共生細菌の世界――したたかで巧みな宿主操作』(東海大学出版会 フィールドの生物学⑤)など。

2019年7月5日掲載

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