羽生結弦が心酔した「オカルト整体師」追放の舞台裏

スポーツ週刊新潮 2019年5月2・9日号掲載

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リンクサイドにも

 菊地氏のところへ羽生がやってきたのは小学2年から3年にあがるころだった。近所で練習をしていた際に足首を捻挫して、父親に連れてこられたという。「怪我をしやすい」という羽生に体幹を鍛えるべくアドバイスをしたのが、2人の蜜月の始まりだった。

「菊地さんが13年から『チーム羽生』へ本格的に加わったのは、羽生ママが彼の考えに共鳴した部分もあったと思います。あと、羽生の追っかけから、認められてチームに加入し、ママの秘書的な役割を担っている女性がおりまして、その人物と菊地さんはうまくやってきた。だから、ママも彼に悪い印象は抱いていなかったのでしょう」(同)

 その影響力はチーム全体に及び、母親をはじめメンバー全員が、菊地氏から配布されたブレスレットを身に着けていたこともあった。

「リンクサイドに入れる人間はせいぜい1名か2名なのに、演技やジャンプの指導者ではない菊地さんがそこに立つことがままありました。それだけ、羽生も菊地さんを信頼していたのです。オーサーよりも目立っていましたよ」(同)

 アスリートがオカルトに入れ込むのは、そう珍しいことではない。たとえば、貴乃花には“洗脳騒動”の震源となった「謎の整体師」がいた。また、元プロ野球選手の中村紀洋は「気功師」にハマり、“気”が込められたブレスレットを愛用していると報じられた。

(2)へつづく

特集「『羽生結弦』が心酔したオカルト『整体師』追放の舞台裏」より

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