「ゴーン無罪」の理由~古巣批判の元特捜検事「郷原信郎」vs.会計士界のレジェンド「細野祐二」2万字対談

社会2019年4月11日掲載

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 去る4月4日、東京地検特捜部はカルロス・ゴーン被告を会社法違反(特別背任)の容疑で再逮捕した。この4度目の逮捕は、保釈中に行なわれるという異例のものとなったのである。8日には日産は臨時株主総会を開催。そんな機を捉え、舌鋒鋭く検察批判を展開してきた元東京地検特捜部検事で弁護士の郷原信郎氏と、2004年に証券取引法違反(有価証券報告書虚偽記載)容疑で東京地検特捜部に逮捕・起訴された経験を持つ「会計士界のレジェンド」細野祐二氏との対談が実現した。

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――まず、「ゴーン事件」をどんなふうにご覧になってきたのかについて、お願いします。

郷原 去年の11月19日に「日産のカルロス・ゴーン氏逮捕へ」っていうニュースを見たときには、もう本当に衝撃を受けたんですけど、一つは、あれだけの人が犯罪者として逮捕されるということを全く予測してなかったということと、最近、東京地検特捜部の力がもう極端に落ちていてどうにもならない、まともな捜査が本当にできない、本当に困ったもんだと思ってたその特捜部が、なぜそんなに立派な事件、カルロス・ゴーン氏ほどの経営者を逮捕できるのかということが私はちょっと信じられなくて、何が起こったのかよく分からなかったというところから始まったんですが、本当にその後の展開を見てると、やっぱり間違いだったと。

 結局、その11月19日に起きたことは大きな間違いだった。検察だけではなくて日本の社会にとっても、あらゆる面でそこからとんでもないことが繰り返し起きてきたなということを思いますよね。そういう意味じゃ、日本のこの平成の30年が終わろうとしてるときに、何か本当に日本の社会のシステムが結局こんなに駄目だったのかと思わせられるような事態だったというのが私の率直な印象ですね。

――細野さん、いかがでしょうか。

細野 あの日の夕方の時間帯は家でテレビを見ていました。そして、夜8時ぐらいに携帯の履歴見たら留守電が6時くらいに入っていたので、折り返したら朝日(新聞)の記者で、それで、「細野さん、見ましたか? 日産のゴーンさんが逮捕されたんだけど、どう思いますか?」って聞かれました。私、逮捕のことは、テレビのテロップで目に入ってはいましたけれど、その内容は詳しくは知らなかった。

「どう思いますか?」って、どうも何も、一番違和感があったのは、有価証券報告書の虚偽記載という逮捕事由です。例えば背任だとか、あるいは、何かカネに関わることなら分かるけれど、そもそも日産のゴーンさんなんか、会計なんて何も知らないでしょう。日産の有価証券報告書をこの人が作っているわけではありません。それでも逮捕事由は有価証券報告書の虚偽記載、粉飾決算(報酬の過少申告)になっている。「それはないな」と思いましたね。

 そのころ私は、今年5月に上梓する『会計と犯罪』(岩波書店)って本の執筆をしていました。この本は、2009年の厚労省の村木(厚子)さん(雇用均等・児童家庭局長=当時)の事件やその後の大阪地検特捜部の証拠改ざん等を分析し、それを私自身の、(最高裁敗訴後の)地獄の底からの脱出物語の中に織り交ぜて、一般向けエンターテインメント風に分かりやすく書き下ろしたものです。結局、この本には日産ゴーン事件の分析も入れることになりましたが、特捜検察の捜査が、ああいうふうに「物証を改ざんする」ことまで、なんでやるんだろうっていうのがやっぱりこの本のテーマなんですね。あの時は、「特捜部はもう要らない」というような意見もかなり強かったけれど、大坪(弘道)特捜部長と佐賀(元明)副部長に詰め腹切らせて、おまえらが悪いということにして特捜検察は残ったわけじゃないですか。

 あのとき特捜検察の信頼ならびに権威は地に落ちたけれど、あれから10年ですよ。ずっと特捜検察は威信回復を狙ってたなと、ちょうどいいタイミングで日産が案件を持ちこんだなと思いましたね。

郷原 証拠改ざん事件のあと、検察不祥事を受けて設置された法務省の「検察の在り方検討会議」に委員として加わって、「もう特捜の看板を下ろさせるべきだ」というのを私が一番強く唱えたんですけども、結局、多勢に無勢でそういうことにはならなくて。さすがにあの頃から「検察は必ずしも正義じゃない」ということをみんな分かったはずだったんだけど、やっぱり10年近くも経つと同じになっちゃうんですね。

細野 まあ、同じですね。

郷原 結局、それをあらためて痛感しましたね。

細野 たまたま郷原先生が「人質司法」の件を国会で取り上げるっておっしゃって、私も一回声が掛かったけれど、結局この話はなくなりましたよね。厚労省の郵便不正事件を見れば、国民は、特捜検察はもう機能しないというのははっきり分かったはずです。ただ、国民は分かったけれど、日本国民の手で、この人質司法も含めて制度改革はできなかったですよね。

郷原 できなかった。

細野 ストーリーを書いて、それで証拠をねじ曲げるみたいなのは駄目なんだってことはもう分かったはずなんだけれど、自国民の力ではこれを直すことができませんでした。なぜなら、国会議員はこんなことやってもなんの利益にもなりませんから。これ、一生懸命やろうとするとしますよ。「いや、司法制度改革しないと駄目なんだ。もう今どきこんなこと恥ずかしい」と言って一生懸命やろうとする。そしたら、「◎◎先生、なんか後ろめたいことあるんじゃないですか」って言われますよね。あるいは、これ一生懸命やりますよね。誰がその国会議員に票入れてくれます? これは、絶対、日本人の手では直せない。

郷原 下手すると検察に狙われるかもしれないということですよね。

細野 狙われますよ。

郷原 なんの得にもならないから国会議員は全く関心を示さないということですね。そこで、事件の中身の話に入って行きたいのですが、まず、ゴーン氏、ケリー氏の逮捕事実が有価証券報告書の虚偽記載だというので、それって何なんだろうと思ったら、役員報酬だと言われて、全く意味が分からなくなったんですね。報道では役員報酬を過少申告したとかって言うんですけど、有価証券報告書の虚偽記載っていうのと、過少申告って何なんだ? と。で、申告って誰が誰にしたんだろう? 何のことかさっぱり分からなかった。

 最初から分からない中で、私も一応推測で、メディアの報道を前提にして最初に書いたブログというか、「Yahoo!ニュース」の記事で、「有価証券報告書上の役員報酬を隠したということが仮にあったとして、それはゴーン氏が隠したのか、日本人の経営者のほうが隠そうとしたのか、どっちか分からないじゃないか」という指摘をしたんですよね。ゴーン氏が報酬を隠そうとするだろうか、むしろ株主総会で難癖をつけられたくないというふうなことで、日本人の経営者のほうが気にしたりすることも考えられるんじゃないかなというのが私の疑問点だったんですけど、その後、徐々に明らかになってきた事実っていうのは、そんなレベルの問題じゃなくて、実はその役員報酬をもらってなかったって話だった。それを知って私は、ゴーン氏が逮捕されたとき以上の衝撃を受けたんですね。

 あれだけ国際的に評価の高い経営者を東京地検特捜部が逮捕した。で、そこで何十億っていう話が出てたわけですから、当然それはもらったんだろうと。もらったものを書かなかった。まあそれが犯罪なのかはともかくとして、それはまず間違いないんだろうと思ってた。そうしたら、なんともらってなくて、退任後にもらう約束をしてたとか、計画をしてたという話で、それを記載すべきだったというのが逮捕理由だということがわかってきたのです。それが有価証券報告書の虚偽記載に当たると、なんか当たり前のように朝日新聞が書いてるんですね。それほど大したことじゃないのに。あれには私、驚きましたね。こんなことでゴーン氏を逮捕したのかと。それが第二の驚きでした。

細野 今の郷原先生の話にも出たけれど、有価証券報告書虚偽記載について言うと、「もらってたんだけれど書かなかったんだ」とか、「もらってもいないのになぜ書かなきゃいけないんだ」とか、皆さんいろんな話をしますよね。しかし、2009年の「日債銀事件」の最高裁差し戻しの補足意見には、「有価証券報告書に虚偽記載があったかどうかというのは会計基準で考えるんだ」ということをわざわざ書いているんです。

 カネのことについては、いろんな考え方ができるでしょう。もらったとか、もらわないとか、いや確定していたとか、いろいろあるんですよ。いろいろあるんで、そういうことのために会計基準があるんです。

 だから本件については会計基準で判断すべきです。で、会計基準上は、これは役員報酬に該当しない。それはもう議論の余地がない。あのときに、もう一人逮捕されてるじゃないですか。

郷原 ケリー代表取締役ですね。

細野 そう。そのケリーさんが言うには、「金融庁にお伺い立てて、これは該当しないからって、そういう意見をもらっている」と。当たり前でしょと。会計の分かった人であれば、誰でもそう言います。これは会計基準からすれば、「開示すべき役員報酬に該当しない」んです。それをなんで監査法人は言ってあげないのか? 新日本監査法人なんだけど。

郷原 そこは「新日本監査法人の監査の対象ではなかった」と彼らは言うわけです。というのは、役員報酬ってコーポレート・ガバナンスの項目の話なんで、財務諸表に含まれないプラスアルファの話だからと。

細野 そうだけれど、数字が出ているんだから、それを見てあげるのが礼儀じゃない。監査法人が見ているんだろうと、世間はそう思うじゃない。公認会計士、監査法人は、社会の期待を背負うべきです。今回、新日本監査法人は役員報酬の開示を見ていなかったと思うけど、今見て正しいんだから、司法のために、そして、日本社会のために、そう言ってやればいいじゃないですか? 監査法人はどうして正しいことを言わないの?

郷原 そのことは12月の初めごろに、私はYahoo!ニュースに書いたんですよ。要するに、役員報酬が既に確定していたなら、支払いの時期が後にずれてるだけで、年ごとに計上すべきだってことになる。そうなると当然、各期に引当金を積まないといけない。それ、全部、過年度決算の訂正です。10億円、10億円、10億円と一つひとつ訂正する必要がある。日産経営陣はそんなことをやるつもりはあるのか。実際にそんなお金を支払うのか。

細野 払いませんよ。

郷原 そんなことをやってたら、日産は検察にいつまでも付き合わなくちゃいけなくなりますよ。検察の言うことを聞いて、これをやらないとゴーン氏の犯罪が立証できない、あれもこれもやらないといけない、ということになると、それこそ無間地獄に陥るよということを書いたんです。

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