【寄生虫】ハリガネムシは泳げない宿主カマキリを操り、入水自殺させる

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ハリガネムシの赤ちゃん誕生

 まず、ハリガネムシが卵を産むところを見ていきます。単純な形状のハリガネムシですが、オスとメスがあり、やはり交尾なくしては産卵できません。交尾は水中でおこなわれます。広い川などで、この小さな体のオスとメスが出会う確率は奇跡に近いようにも感じますが、オスとメスが水の中でどのように相手を捜し当てるかは今のところ分かっていません。それでも水の中でどうにか交尾相手を探し出します。そして、オスとメスが出会うと、お互いに巻き付き合って、メスは精子を受け取り、受精します。そのあと、卵の塊を大量に水中に産みます。

 その卵は、川の中で1、2か月かけて細胞分裂を繰り返し、卵の中で小さなイモムシのようになります。そして、卵から出てきたハリガネムシの赤ちゃん(幼生)は、川底で「あること」が起きるのをじっと待っています。何を待っているのでしょう。驚きですが、自分が食べられるのを待っています。カゲロウやユスリカなどの水生昆虫は子どものうちは川の中で生活し、川の有機物を濾してエサにしています。そういった昆虫に、運よく食べられるのを待っているのです。

 食べられたハリガネムシの赤ちゃんは、ただエサとして消化されるわけにはいきません。この小さな小さなハリガネムシの赤ちゃんは「武器」を持っています。ノコギリのような、まさに、武器と呼ぶにふさわしいものが体の先端に付いており、しかも、それを出したり引っ込めたりすることができます。食べられたハリガネムシの赤ちゃんは、このノコギリを使って水生昆虫の腸管を掘るように進みます。そして、腹の中でちょうどよい場所を見つけると、「シスト」に変身します。「シスト」とはハリガネムシの休眠最強モードです。イモムシのようだった体を折りたたんで、殻を作り、休眠した状態です。この状態だと、-30℃の極寒でも凍らず、生きることができます。この状態で次は、川から陸に上がる機会を待っているのです。

川での生活から陸の生活へ

 川の中で生活していたカゲロウやユスリカですが、成虫になると羽を持ちます。そして、川から脱出し、陸上生活を始めます。そのお腹の中には、眠っているハリガネムシの赤ちゃんがいます。やがて陸上で生活するカマキリなどの肉食の昆虫が、ハリガネムシの赤ちゃんがお腹の中にいるカゲロウやユスリカを食べます。

 カマキリの体内に入ったハリガネムシの赤ちゃんは目を覚まし、数センチから1メートルに大きく、長く成長します。カマキリのお腹の中のハリガネムシはもう小さな赤ちゃんではなく、見た目は立派な針金です。繁殖能力も持つようになります。そうなってしまうと、ハリガネムシはウズウズし始めます。なぜウズウズするのでしょう。人間も同じかもしれませんが、子どもから大人になると異性の相手を見つけたくなるのです。

 しかし、少し前に述べましたが、ハリガネムシの交尾は川の中でしかおこなうことができません。つまり、せっかく、陸にあがったにもかかわらず、結婚相手を見つけるにはもう1度川に戻る必要があります。そのために、本来、陸でしか生活しない宿主昆虫をマインドコントロールして川に向かわせるのです。

謀られたカマキリの自殺

 ハリガネムシが寄生しているカマキリなどの陸の昆虫は川などには決して飛び込んだりはしません。しかし、体内にいるハリガネムシは川に戻りたくてたまりません。成熟したハリガネムシに寄生されたカマキリは冒頭のシーンのように、何かに取りつかれたかのごとく、川に近づくと、飛び込んでしまいます。その結果、溺れたカマキリのおしりから、大きく成長したハリガネムシがゆっくりとにゅるにゅるとはい出てきます。そして、川に戻ったハリガネムシは相手を探して交尾をし、また産卵するのです。

どうやって自殺させているのか

 ハリガネムシが宿主昆虫を水に向かわせることは、かなり昔からわかっていました。しかし、どんな方法で宿主の行動を操っているのかは謎でした。いまだにそのほとんどは謎ですが、2002年にフランスの研究チームがその方法の一部を明らかにすることに成功しました。

 その研究ではY字で分岐する道を作り、出口に水を置いてある道と、出口に水がない道の枝分かれを作っておきます。その道をハリガネムシに寄生されたコオロギと、寄生されていないコオロギを歩かせます。そうすると、寄生されているコオロギも、寄生されていないコオロギも、水のある方にもない方にも半々に行きます。つまり、寄生されているからと言って水に向かう性質があるわけではないのです。しかし、たまたま水がある出口に出てきたところで行動が変化します。寄生されていないコオロギは水がある出口に出たとしても泳げないため、飛び込んだりはせず、ここで止まります。しかし、ハリガネムシに寄生されているコオロギは、水を見るや否やほぼ100パーセント水に飛び込んでしまいます。

 この結果を見た研究者たちは、出口に置かれた水のキラキラした反射にコオロギが反応しているのではないかと予測します。そこで、次に、水は置かずに、単純に光に反応するかという実験もおこなっています。その結果、寄生されたコオロギはその光に反応する行動がみられました。

 また、2005年に同じ研究チームはコオロギの脳で発現しているタンパク質を調べています。ハリガネムシに寄生されている個体、寄生されていない個体、寄生されているけれどもまだ行動操作を受けていない個体、寄生されておしりからハリガネムシを出した後の個体などの脳内のタンパク質を比較しました。その結果、まさにハリガネムシから行動操作を受けているコオロギの脳内でだけ特別に発現しているタンパク質がいくつか見つかりました。それらのタンパク質は、神経の異常発達、場所認識、光応答にかかわる行動などに関係したりするタンパク質と似ていました。さらに、それらの寄生されたコオロギの脳内にはハリガネムシが作ったと思われるタンパク質まで含まれていたのです。お腹の中にいる寄生者が脳内の物質まで作り出し、操っていたという驚きの結果です。

 これらの研究から、ハリガネムシは寄生したコオロギの神経発達を混乱させ、光への反応を異常にし、キラキラとした水辺に近づいたら飛び込むように操っているのではないかと考えられています。

川で自殺する昆虫が魚の重要なエサ資源

 ハリガネムシに寄生され、マインドコントロールされることによって川で自殺をする昆虫は日本全国で後を絶ちません。それらの昆虫はただ無駄死しているのではなく、川や森の生態系において大切な役割をもっていることが研究によって明らかになりました。

 2011年に発表された研究では、川のまわりをビニールで覆ってハリガネムシに寄生されたカマドウマが飛び込めないようにした区画と、自然なままの区画(入水自殺し放題!?)を2か月間観察しました。

 その結果、川魚が得る総エネルギー量の60パーセント程度が川に飛び込んだカマドウマであることが分かりました。川魚のエサの半分以上は自殺する昆虫だったのです。

 一方、カマドウマが飛び込めないようにした区画では、川魚は自殺するカマドウマを食することができないので、川の中の水生昆虫類をたくさん捕食していました。そのため、カマドウマが自殺できない河川では、川魚に食べられ水生昆虫が減ります。これらの水生昆虫類のエサは藻類や落葉です。そのため、川の水生昆虫が減ると、その水生昆虫のエサとなるのを逃れた藻類の現存量が2倍に増大していました。同時に、水生昆虫が分解する川の落葉の分解速度は約30パーセント減少していました。

 このように、昆虫の体内で暮らす小さな寄生者であるハリガネムシが、昆虫を操り、川に入水自殺させ、河川の生態系にさえ、大きな影響をもたらしていたのです。

※参考文献
Biron, D.G., Marche, L., Ponton, F., Loxdale, H.D., Galeotti, N.,Renault, L., Joly, C. and Thomas, F. (2005) Behavioural manipulation in a grasshopper harbouring hairworm: a proteomics approach. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences 272: 2117-2126.
Biron, D.G., Ponton, F., Marche, L. et al. (2006) ‘Suicide’ of crickets harbouring hairworms: a proteomics investigation. Insect Molecular Biology 15: 731-742.
Thomas, F., Schmidt-Rhaesa, A., Martin, G., Manu, C., Durand, P. and Renaud, F. (2002) Do hairworms (Nematomorpha) manipulate the water seeking behaviour of their terrestrial hosts? Journal of Evolutionary Biology 15: 356-361.
Sato, T., Watanabe, K., Kanaiwa, M., Niizuma, Y., Harada, Y. and Lafferty, K.D. (2011) Nematomorph parasites drive energy flow through a riparian ecosystem. Ecology 92: 201-207.

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次回の更新予定日は2019年4月19日(金)です。

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成田聡子(なりた・さとこ)
2007年千葉大学大学院自然科学研究科博士課程修了。理学博士。
独立行政法人日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所霊長類医科学研究センターにて感染症、主に結核ワクチンの研究に従事。現在、株式会社日本バイオセラピー研究所筑波研究所所長代理。幹細胞を用いた細胞療法、再生医療に従事。著書に『したたかな寄生――脳と体を乗っ取り巧みに操る生物たち』(幻冬舎新書) 、『共生細菌の世界――したたかで巧みな宿主操作』(東海大学出版会 フィールドの生物学⑤)など。

2019年4月5日掲載

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