新人王を獲得した大谷翔平を「二刀流」に導いた栗山監督の最高の「殺し文句」

野球 2018年11月14日掲載

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 ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手がアメリカン・リーグの最優秀新人賞に選出された。今季からメジャーリーグに移籍した大谷は、投手として10試合に登板し4勝2敗、打者としては打率.285、22本塁打、61打点、10盗塁と1年目から大活躍、メジャーリーグでもベーブ・ルース以来の「二刀流」として一躍話題の選手となった。

 受賞を聞いた大谷は電話会見を行い「(メジャーリーグに)来て良かったなとずっと感じています。この賞をもらえたのはすごく光栄なことだと思います」と喜びを明かした。

 大谷の二刀流での活躍についてはヤンキースでGM特別アドバイザーを務める松井秀喜さんも「100マイル(約160キロ)を投げる投手はそんなにたくさんいるわけではないですし、それだけでなく完成度も高いものを持っている。打者としても長打力、それが彼の魅力だと思う。少ない打席であれだけホームランを打ったということで、投打ともに特別な才能を持った選手と思っています」と絶賛した。

 本人の才能や努力の素晴らしさはもちろんのこと、こうなってみると、改めて「偉業」として評価されるべきは、栗山英樹・北海道日本ハムファイターズ監督が「二刀流」を積極的に勧めた点だろう。

 もともと高校卒業してすぐにメジャーに行くことを考えていた大谷選手をドラフトで指名し、さらに二刀流を実践させたことが今日の状況を作る素地となったのは間違いない。そして、大谷に日ハム入りを決心させたのは栗山監督の「殺し文句」だ。

「誰も歩いたことのない道を歩いてほしい」

 その一言はどのように生まれたのか。

 すでに野球ファンにとってはお馴染みのエピソードだろうが、「二刀流」として新人王を獲得した今改めて、古今東西の「殺し文句」を解説した『ザ・殺し文句』(川上徹也・著)から、この一言に関する章をご紹介しよう(以下、引用は同書より。敬称略)。

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メジャー志向だった大谷

 大谷翔平は、1994年岩手県生まれ。小学生の頃から地元のリトルリーグに所属し、投手としても打者としても規格外の活躍を続け注目を浴びます。

 高校は地元の強豪校、花巻東高校へ進学。高校生当時の大谷の目標は、「日本一になる」「日本人最速となる163キロを記録する」「ドラフトで菊池雄星を超える8球団から1位指名を受ける選手になる」でした。

 実際に、投手としても打者としても並外れた能力を示しました。甲子園出場は1度だけでしたが、3年生の時、岩手大会の準決勝で投手・大谷翔平のストレートは160キロを計測。高校通算56本塁打。投手としても打者としても、その能力は、国内はもとよりメジャーリーグの球団からも高い評価を得ました。

 そして高校生3年生の秋、ドラフトが近づいてくると大谷の進路が注目されるようになります。国内球団をはじめ、ドジャース、レンジャーズ、レッドソックスのメジャー3球団と面談を行い、高校の監督や両親と進路に関する話し合いを何度も重ねた結論がメジャー挑戦でした。

 大谷は会見をひらき、「日米どちらの憧れもありましたけど、メジャーリーグの憧れの方が強かった」と語りました。

 しかしこのニュースに黙っていなかったのが日本ハムです。ドラフト1位で大谷を指名すると公言。監督の栗山も「大谷君には本当に申し訳ないけれど、指名をさせていただきます」と話します。キャスター時代に大谷の夢を取材したこともあり複雑な心境だったのです。

 そしてドラフト会議当日には日本ハムが単独1位指名で交渉権を獲得します。この直後に大谷は「評価していただいたのはありがたいですが、自分の気持ちは変わりません。入団の可能性はゼロです」と語っていました。

日ハムの誠意

 これに対して日ハムは、交渉でまず提出したのが「大谷翔平君 夢への道しるべ~日本スポーツにおける若年期海外進出の考察~」と題された30ページに及ぶ資料です。高校卒業後直接アメリカに渡るのに比べて母国のプロリーグで実力をつけた選手の方がメジャーで活躍できる確率が高いことなどが、韓国選手のデータなどから示されていました。

 2度目の交渉で日本ハム球団は、投手と打者の二刀流育成プランを提示します。メジャーからは無理だと言われていたことで、大谷自身二刀流という選択肢は持っていませんでしたが、話を聞くうちにやってみたいと思うようになりまた。

 そして3回目4回目の交渉では、栗山監督も同席。「翻意させに来たわけではない。一緒に夢をかなえたい。どうやったら手伝えるのか、監督ではなく解説者になっていた」というスタンスで大谷と話しました。

 そして最終的には栗山の殺し文句、

「誰も歩いたことのない道を歩いてほしい」

 が決め手になり、大谷は日本ハム入団を決意したのです。 

 入団後、大谷は実際に誰も歩いたことのないプロ野球での「二刀流」に挑戦します。

 プロ野球のOBからは二刀流への賛否が沸き上がりますが、大谷はその実力でねじ伏せようとしています。

 ルーキーイヤーの2013年、投手としては6月1日の交流戦中日戦でプロ初勝利をあげ、打者としては7月10日楽天戦で初ホームランを放ちます。

 入団2年目の2014年のシーズンには、投手で11勝、打者で10本塁打という日本プロ野球界初、メジャーを含めてもベーブ・ルース以来96年ぶりという2桁勝利・2桁本塁打の偉業を成し遂げました。 

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殺し文句の法則

『ザ・殺し文句』の著者、川上氏はこう解説する。

「栗山監督の『誰も歩いたことのない道を~』と同タイプの『殺し文句』は他にもあります。野球関連では、江夏豊投手に日本球界におけるパイオニアとなるリリーフ転向を勧めた野村克也監督が放った有名な口説き文句、『リリーフでオレと一緒に革命を起こしてみないか?』がよく似ています。

 私は『殺し文句』は大きくわけて10パターンあると考えているんですが、これらはその中の2つの法則、『あなただけを強調する』と『プライドをくすぐる』の複合形ではないか、と思います。

 つまり『こんな凄いことができるのは、あなただけなんだ』という論理ですね」
 
 もちろん、栗山監督が大谷選手を口説いた時は、計算よりもまずは熱意、そして彼の才能への絶対的な確信があったに違いない。そしてその確信は結実し、栗山監督が発した「誰も歩いたことのない道」を、大谷選手は走り続けている。

デイリー新潮編集部