なぜ緊急地震速報チャイムは“怖い”のか――作曲者が明かす「アイヌ文化」との意外な関係

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ネックは著作権と既視感

 最初に問題となったのが著作権問題。日本では映画を除けば、通常は著作者の死後50年だが、注意すべき点はそれだけではないようだ。

「当初、私が若い頃から好きだった、ロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキー(1839~1881年)の組曲『展覧会の絵 古城』をもとに、緊急地震速報チャイムを作ろうとも考えました。ですが、後世に作られた編曲(アレンジされた曲)が膨大にあり、またどこまで緊急地震速報チャイムに改変していいのかという著作権の問題を、半年間という短い制作期間でクリアできるのかが大きな壁となりました」

 そこで、2006年に亡くなった叔父の音楽に頼ったという。

「叔父の音楽の権利を相続した息子たちにお願いすれば、著作権の問題は解消します。ただ、著作権に抵触しないこと以外にも、緊急地震速報チャイム制作には『どこかで聞いた音ではない』という条件を設けました。だから、ゴジラ音楽は使えません。そこで、叔父の映画音楽ではなく、純音楽に注目したのです。独学で作曲を学んだ叔父の音楽は、発表当時はアカデミックな中央楽壇にとっては恥だったようで、徹底的に批判されていました。こんな古くさい音楽はもう通用しないとか。だから、叔父の批判された純音楽を緊急地震速報チャイムに使えば面白いな、という遊び心がありましたね。また、『叔父の音楽は素晴らしいぞ』という一種の復讐の気持ちもありました」

 こうして2007年、叔父の「シンフォニア・タプカーラ」第3楽章冒頭の和音をアルペジオ(低音から高音に順番に弾く奏法)にして、緊急地震速報チャイムは作曲されたのだ。

なぜ怖いか――音程の急変と不協和音、そして地震の記憶

 では、ここからが本題だが、緊急地震速報チャイムを聞くと、なぜ私たちは怖いと感じてしまうのだろうか。

 まず緊急地震速報チャイムの「音」自体に、人間が怖いと感じる要素は含まれているという。

「緊急地震速報チャイムを作るにあたっては、念入りに緊張感を調整し、NHKスタジオで被験者を集め大規模な実験も行いました。そこでは特に怖いという感想はなく、『緊急性は感じさせるが不安感は与えない』と自信を持っていました。しかし、緊急地震速報チャイムには“急激に変わる音程”と“不協和音”が使われています。ヒトの聴覚は、音程が急激に変わる音を怖く感じます。パトカー、救急車のサイレンは、この効果を利用しています。『キャー』という悲鳴もそうです。また不協和音も怖さに関係があります。ヒッチコック監督の映画『サイコ』で有名なバスルームの殺人シーン。あのときに流れている音楽も不協和音です」

 だが、緊急地震速報チャイムが怖いと感じるのは、「音」だけが原因ではない。

「緊急地震速報チャイムを怖いと感じる一番の理由は、音と地震が結びついたからだと思います。ゴジラの音楽を聞いた瞬間、あ、ゴジラが来る、と思いますよね。それと同じで、今では緊急地震速報チャイムを聞いた瞬間に、あ、地震が来る、と思うようになりました。これは想定内ではありましたが、頻繁に流れるうちに、地震の悲劇まで連想するようになってしまったようです。音の持つ情緒あるいは情動に訴える力の大きさに改めて驚かされましたが、これは緊急地震速報チャイムの宿命でもあったのでしょう」

 さらに、伊福部氏は、緊急地震速報チャイムのもととなった、叔父の「シンフォニア・タプカーラ」と緊急地震速報チャイムの意外な関連を教えてくれた。

「叔父は、アイヌ文化からインスピレーションを受け『シンフォニア・タプカーラ』を作曲しました。『タプカーラ』はアイヌ語で、直訳すれば『立って踊る』という意味です。アイヌの伝統祭り、熊祭が最高潮に達したとき、長老が立ち上がり即興で足を踏みしめて踊る、これをアイヌでは『タプカーラ』と呼びます。よく叔父は『アイヌは、音楽と踊りは分離せず、渾然一体となっている』と言っていました。アイヌの音楽と踊りの混在したものが、叔父の和音となったのでしょう。私も緊急地震速報チャイムの制作当初から、たんなるブザーやアラームではなく、『行動せよ』というメッセージ性があるチャイム音を探し求め、最終的に叔父のこの和音に辿り着きました」

 緊急地震速報チャイムは、音楽と踊りが混在したアイヌ文化がルーツとなっていたのだ。ともすれば、あの音を耳にしたとき、名状しがたい胸騒ぎがするのは、ある意味当然のことなのかもしれない。

取材・文/村田孔明(清談社)

週刊新潮WEB取材班

2019年3月11日掲載

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