「南野陽子」離婚危機で思い出す女優の“ダメ夫列伝” 逮捕された10人の罪状とその後

エンタメ 芸能 2019年3月9日掲載

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ナンノの場合

 ナンノの4つ年下の旦那・金田充史氏といえば、これまで報じられた“悪評”は枚挙にいとまがない。

 結婚を発表した11年3月には、早くも「週刊新潮」(同年3月17日号)が金田氏の家賃トラブルを報じている。当時暮らしていたマンション、経営していたバー、さらにIT関連企業など、いずれも家賃を滞納していたというもの。その後も経営するクリニックの家賃トラブルや、そのクリニックの内装工事未払いを裁判に訴えられて敗訴。ナンノと一緒に暮らすマンションに差押え執行官が訪れる事態にまで発展した。

 さらに「週刊新潮」15年6月11日号では、金田氏が不倫関係にあった銀座のママを妊娠させてしまったことが報じられた。その後、金田氏はママから出産費用などを求めて提訴され、2000万円の支払いが命じられた。が、やっぱりそれも滞納――と、「週刊新潮」17年11年2日号が報じている。

 これだけの人物であるから、悪業はまだまだある。「FLASH」(18年3年20日号)が報じたのは、床にうつぶせにさせたクリニックの従業員の尻を竹刀で叩いて全治2週間のケガを負わせたというもの。後に金田氏は書類送検されることになるのだが、それでもナンノは耐えていた。

 これまで、暴行による書類送検で、離婚とならなかったケースといえば――、

「暴行による書類送検は、そのまんま東こと元宮崎県知事の東国原英夫さんの例です。当時の所属事務所オフィス北野の新年会で、弟弟子の北海ジャンジャンの態度が悪いと頭を蹴りつけたというもの。芸人同士ではなかなか事件にならないものですが、弟弟子が警視庁赤坂署に訴え出たことで書類送検となりました。ただ、これが原因で、東さんとかとうかず子さんが離婚したわけではないのです」(芸能記者)

献身の妻、見捨てられる夫

 かとうかず子の例も含め、今度は少しさかのぼって、80年代から2000年代にかけての代表的な離婚ケースを見てみよう。

 筆頭は、09年に世を騒がせた、いわゆる押尾学事件である。結婚前から素行が悪いと言われた押尾と、お嬢様を演じさせたら当時No.1の清純派だった矢田亜希子が、なぜ結婚するのか? 大いなる疑問とされたが、フタを開ければ彼女も同じ穴のムジナだったとか――。それでも結婚3年にも満たない09年8月2日、押尾は六本木ヒルズの一室で、愛人と合成麻薬MDMAを服用。愛人の容態が急変したものの、自分の保身のために、救急車も呼ばず死に至らしめた保護責任者遺棄致死罪と麻薬取締法違反で逮捕されると、直後に矢田は離婚を発表した。押尾は一審の懲役1年6カ月・執行猶予5年の有罪判決を不服として、最高裁まで争うが、結局、懲役2年6カ月の実刑判決を受けた。

「さすがに、芸能人が絡んだ事件で人が死ぬなんていう犯罪は、当時としても珍しく大騒ぎになりました。その点、かとうかず子さんと東国原さんの場合は、ちょっと違う。東さんは、かとうさんと結婚前の86年に、師匠のビートたけしさんたちと『FRIDAY』襲撃事件も起こしており、暴行罪で逮捕されていますが、不起訴になっています。東さんは85年にフリーアナウンサーの片平きみよ(現・片平夏貴)さんと結婚、89年に離婚し、90年にかとうさんと結婚しています。しかしその後も、弟弟子への暴行事件、さらに98年には淫行事件で問題になった。未成年の女の子を使ったイメクラが摘発され、その顧客として東さんが事情聴取されると、大々的にメデイアで報じられました。しかし東さんは、この件で逮捕されてはいません。もちろん、妻のかとうさんとしては腹立たしかったでしょうが、離婚を決めるのはさらに8年後、東さんが“政治家を目指す”と言ったのが原因でした」(同・芸能記者)

 事件が原因で離婚したわけではないのである。その後、「そのまんま東」から本名の「東国原英夫」へと改め、“どげんかせんといかん”で宮崎県知事に。さらに衆議院議員ともなり、現在はタレント活動も復帰している。今のところ、復縁の見込みはない。

 一方、夫に迷惑をかけられ通しで、離婚後まで……という夫婦もいる。大口広司と言ってもわからないという方も多いだろうが、その昔はグループサウンズでジュリーのいたザ・タイガースと人気を二分したザ・テンプターズの一員だったことで知られる。テンプターズのボーカルはショーケンこと萩原健一で、大口はドラムだった。ショーケンと共にドラマ「前略おふくろ様」(日本テレビ系)などに出演し、役者としても活動する一方、服飾デザイナーでもあった。83年に真行寺君枝と結婚するも、翌年には大麻所持で逮捕。妻は弁護側証人として出廷し、判決に執行猶予がつくと、夫を立ち直らせるために服飾会社立ち上げの資金援助もした。その会社が91年に倒産すると、真行寺は女優業を復活。大口は97年に、妻の真行寺をモデルにヘアヌード写真集を出版するなんてことも。しかし、経済的な理由から01年に別居、05年に離婚となるが、真行寺は離婚の翌年に破産宣告を受ける。大口の借金のためだった。大口は09年に世を去るが、「非常にめちゃくちゃな方だったけど、楽しい時間を共有することができた」と彼女は振り返っている。

 同様に夫の破産により自己破産することになったのは、クラリオンガール出身の烏丸せつこだ。「駅 STATION」や「南極物語」「植村直己物語」などを手がけた映画プロデューサーの田中寿一とは、不倫の末の略奪デキ婚だった。田中は多くのヒット作で知られ、結婚した82年の年商は14億円。しかし、88年の「パンダ物語」が不発となり、91年に2度目の不渡りを出して事実上倒産。この直後、田中は知り合いの不動産業経営者宅を訪れ刃渡り25センチの包丁を出して「社長はいるか、殺してやる」などと脅迫。その場はそれ以上のことにはならなかったが、翌日に被害届けが出されたことで田中は逮捕された。完全な逆恨みだった。負債総額は7億5000万円で、92年には夫婦揃って自己破産を申し立てた。もっとも、金の切れ目がすぐに縁の切れ目とはならず、01年まで19年間、夫婦関係は続いた。

 そして大トリが、いしだあゆみとショーケンだ。ドラマ「祭ばやしが聞こえる」の共演が縁で結婚したのは80年のこと。83年1月、ショーケンは何を思ったかインドでチャリティコンサートを実施。その年の4月に自宅に踏み込まれ大麻所持の現行犯で逮捕された。だが、いしだは「他人さまからどんなにバカな男と言われても彼は私の夫です。見捨てることはできません」ときっぱり離婚を否定した。執行猶予となったショーケンだが、翌84年2月には飲酒運転でオートバイをはねる人身事故を起こす。ショーケンは「離婚は考えてみたこともないし、ありません。家内は私にとって姉であり妹であり、母でもあります」と会見するが、いしだは「何も言うことはありません。もう、あきれました」とのコメント。翌3月、ショーケンは見捨てられた。

 南野陽子の夫・金田氏の1億8千万円にのぼる横領疑惑は、「週刊文春」19年3月7日号で報じられた。「女性自身」19年3月19日号で「離婚決断」とも報じられたナンノは、事務所を通じてコメントを発表した。

〈本当に驚き、胸が押しつぶされる想いです。妻でありながらわからないことだらけで、現在、真相を確認している最中です〉

 ナンノはもう充分頑張ったと思うが、はたして――。

週刊新潮WEB取材班

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