家元切りつけ、天皇陛下のパレードに爆竹… 「花柳幻舟さん」が語っていた“地獄”

国内 社会 2019年03月07日

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カツラで西成に

 彼女のよすがとなっていた7人の“同志”。いずれも当時、互いに20年来の付き合いのある間柄だったという。

「年齢も仕事もバラバラ、ジャーナリストや法曹関係、企業勤めと色々いましたが、もとは三里塚闘争などで知り合った仲です。舞踊を観てくれた学生さんたちから頼まれて、私も集会で演説するようになっていましたから。でも、右翼に狙われていると分かれば、みんな冷たいものでしたね」

 絆を断たれた彼女は、人目をはばかりながら放浪の旅へ出た。

「交通機関を利用すると目立つので、東京から西へ歩いていきました。大阪では西成に1カ月ほど滞在し、三角公園で野宿をし、炊き出しにも並んだのです。私は身元が分からないようにレゲエの人みたいなカツラで変装していましたが、周りは気付いてもあれこれ詮索してきません。焚き火にあたる時は、手土産代わりに新しい薪(たきぎ)を持参するのがルールだと教わり、割り箸をたくさん集めてきて喜ばれたこともありました」

 それでも、1年ほど続いたホームレス暮らしより、仲間の“裏切り”がよほどこたえたという。

「だから私は、『仕返しに、彼らより長生きしてやろう』と決めたのです、ちなみに7人のうち2人は、私の父が94年に亡くなった後、ともにガンで亡くなりました。残る5人のうち1人も、現在ガンにかかっているといいます。生前は大人しかった父が、天国で代わりに復讐してくれているのでしょう」

 闘志はなおも衰え知らずなのだ。

週刊新潮 2012年9月27日号掲載/2019年3月7日再掲載

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