“トンネル爆破未遂事件”もあった「天皇陛下」の鉄道事情 平成で一変

社会2018年9月30日掲載

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 まもなく平成時代が幕を閉じる。昭和の空気をたっぷり吸って育った鉄道ファンの私が平成時代を振り返るとき、まず思い浮かべるのが、御召列車である。

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 明治以来、その時代の最良の叡智と技術が注ぎ込まれ、また鉄道員の労を惜しまない準備で仕立てられた御召列車は、いつの時代でも至高の列車である。おさらいをしておこう。御召列車とは、天皇・皇后・皇太后が乗車する列車のことである(「上皇」はどうするのだろう)。国旗が掲げられ、紋章が車両に取り付けられるのはこの列車に限られる。

 先代の昭和天皇は、日本の鉄道の発展とともにあった天皇で、生涯約24万キロの鉄道体験がある。大正10年に摂政となってからは、昭和天皇が乗車する列車は「御召列車」となる。

 昭和63年歌会始の儀。お題は「車」だった。昭和天皇は国鉄を詠んだ。

 国鉄の車にのりておほちちの
 明治のみ世をおもひみにけり

 分割民営化で消える国鉄に祖父明治天皇の時代を思い起こして感慨を詠んだものだという。それほど身近な存在だったということだろう。昭和天皇の生きた時代は、日本の鉄道が発展・成熟、そして衰退が始まる時期にあたる。行幸はまず鉄道で始まった。それが次第に航空機、自動車に変わり始め、鉄道も新幹線に乗車する機会が増えた。(詳しくは『昭和天皇 御召列車全記録』新潮社刊を参照)

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