梅宮辰夫が独占告白 初めて明かす“6度目のがん闘病”と“人工透析”

芸能週刊新潮 2019年3月14日号掲載

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 日本映画界のスター俳優として活躍してきた“辰兄”も、この3月11日で81歳に。そんな梅宮辰夫がこのたび週刊新潮の取材に応じ、自身の闘病生活について語った。初めて明かされる、その病名とは。

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 正直なところ、自分の「がん」について語るのは気が進まなかったんです。芸能人はイメージ商売だから、ひとたび「病気」が知れ渡ると俳優生命を脅かしかねません。溌剌とした役柄は演じづらくなるし、ロケの途中で倒れることを撮影スタッフに心配されて、キャスティングの段階で外されてしまうかもしれない。

 ただ、ここに来て僕自身の考え方が少し変わってきました。

 これまで公表を控えてきたけど、実は、この半年余りの間に、僕は2度のがんを経験したんですね。

 具体的に言うと昨年9月に「前立腺がん」、そして今年1月に「尿管がん」の手術を受けています。このふたつを含め、僕はこれまでの人生で6度のがんに見舞われたことになる。

〈梅宮が初めてがんに罹ったのは、1974年。30代半ばでの「睾丸がん」だった。これが左肺に転移し「肺がん」に。さらに今から7~8年前に初期の「胃がん」が発見され、2016年には「十二指腸乳頭部がん」で11時間の大手術に臨んだ。『仁義なき戦い』『前略おふくろ様』などに出演してきた俳優人生の陰で、人知れずがんと戦い続けてきたことになる〉

 人生で6度ものがんに打ち克って、この年齢まで生きてこられたのだから、これ以上、隠し立てすることもないだろう、と。むしろ、僕が闘病について洗いざらい話すことで、まさにいまがんに直面して悩み、傷つき、希望を失いかけている人やその家族にエールを送りたいと思うようになったわけです。

〈梅宮自身、がんと宣告されるたびに悩んできたと振り返る。最初の「睾丸がん」が発覚した時、娘のアンナはまだ2歳。結婚、そして父になったことに対し、“後悔の念”ばかりだったという。そして今回の「尿管がん」でも、腎臓摘出に伴い、人工透析生活という壁に突き当たった〉

 人工透析が必要になると、連日公演が続く舞台の仕事は受けられない。海外に釣りに行くことも難しい。果たして、そこまでして生き延びることに意味があるのか――。改めて人工透析という現実を突きつけられて、「うーん……」と悩み込んでしまった。

〈当然、透析を受けなければ命にかかわる。背中を押したのは、闘病生活を支える家族への思い、そして付き合いの長い主治医の説得だった。「梅宮さんは絶対に生きるべきです」。手術を決断し、この2月末に退院したばかりだ〉

 本当に大変なのはこれから。何しろ、1日おきに4時間の人工透析を受けることになる。人工透析を30年、40年と続けている患者さんには本当に頭が下がる思いですよ。80歳まで人工透析をせずに生きてこられたことを、僕はありがたく思わなければならない。

 3月7日発売の週刊新潮ではこのほか、闘病の日々と芸能界への思いについて語っている。