芸能界の“新・ご意見番”は「デヴィ夫人」 新井浩文、大沢樹生息子の逮捕にもコメント

エンタメ 芸能 2019年2月24日掲載

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義理も忖度もありません

 79歳となったデヴィ夫人。新著『選ばれる女におなりなさい デヴィ夫人の婚活論』(講談社)も、タイトルから相変わらず上から目線だ。帯には、「デヴィ夫人が教えるレディの心得30/“大富豪の妻は普通の女”ってご存知かしら?」ともある。若い方には、何様よ!と思う方もいるだろう。何様かと問われれば、大統領元夫人様ということに――。

 デヴィ夫人の本名はラトナ・サリ・デヴィ・スカルノ、「宝石の聖なる女神」という意味だそうである。インドネシア国籍の日本人である。簡単に説明すると、1940年、東京・港区霞町(現在の西麻布)に大工の娘・根本七保子として生まれた“夫人”は、戦後に中学を卒業すると千代田生命保険(現在のジブラルタ生命保険)に入社するも、家計を助けるため、17歳から赤坂のナイトクラブ「コパカバーナ」で働くようになる。

「そこで東日貿易の久保正雄社長と出会うのです。デヴィ夫人は今回の著書で〈小さな商社の社長〉と書いていますが、インドネシア独立後の初代大統領であるスカルノに取り入ることで、戦後のインドネシアへの賠償金ビジネスで大儲けした政商です。彼が大統領と夫人の間を取り持ち、59年に大統領の愛人として同国へ赴くのです」(事情通)

 インドネシアへ渡った後、持ち前の美貌と勤勉さを発揮し、62年には正式に第3夫人となり、宮殿がプレゼントされたほどの寵愛を受ける。たが、この3年後には軍事クーデターにより大統領は失脚。夫人はフランスに亡命し、パリの社交界でその美しさから“東洋の真珠”と呼ばれるまでに……。

「そうした波乱の人生に加え、インドネシアでは現在も国父として尊敬されるスカルノの未亡人なワケですから、上から目線も当然です。歯切れのいいことをズバズバと言うので、ワイドショー始め、バラエティでも使いやすいのです」(民放ディレクター)

 それについては、デヴィ夫人にも自覚があるようだ。著書ではこう記している。

〈日本のみなさんにとっては、わたくしの歯に衣着せぬ自由で奔放、そして強い意見をズバッと遠慮なく発言する姿が面白かったのかしら。厳しく意見を言ったり、批評するたびに人気を得るようになっていきました〉

 ただし、スポーツ紙に「タレント・デヴィ夫人」と書かれたことがショックだったともある。

〈えっ! わたくしってタレントなの? いつから? タレントと思われているんだ。タレント? そうなの、ならいっそのことタレントとして余生を全うすればいいんだわ。(中略)わたくしは精神的にも、経済的にも、物理的にもすべてにおいて独立しています。だから誰かに遠慮して意見を曲げることも、義理も忖度することもありません〉

 だから、強いし、何でも言えるのだ。

「ただ、生放送では使えません。本当に何でも言っちゃいますからね、危険です……」(同・民放ディレクター)

週刊新潮WEB取材班

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