「なおみちゃんには強い大坂の血が流れてる」 親族語る“豪傑で知られた曾祖母”の存在

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外国人との結婚に猛反対

 根室に引き揚げてから漁業で成功を収めた大坂一家は、みつよさんの主導で旅館業に乗り出したり、ヘルスセンターを建てたりと、まさに強気で事業を拡大していった。その傍らで、「全国漁婦連」の会長を務めて各地を講演で飛び回り、北方領土返還運動にも尽力。そこでも「利かん気の大坂のかあさん」は健在で、

〈例えば北方領土返還運動なんかで根室に大臣とか代議士なんか大勢来ますよね。/私は一度、「あなた方がこうして根室においでになるのは結構だけど、本当に北方領土が戻ってくるのでしょうか。(中略)毎年毎年「島よ還れ」って叫んでも一向に島は帰って来そうもない。本当に島が戻ってくるのならいいけどただ物見遊山に来るのなら先生方来なくていいよ。」と言ってやったことがありました〉(自伝より)

 このように大臣も物ともしない「女傑」のみつよさんの血を「兄弟の中でも濃く受け継いだ」(角鹿さん)という次男の鉄夫さん、そして環さん、なおみと大坂家の歴史は紡(つむ)がれていったのだ。その過程では、こんな「騒動」もあった。

「鉄夫さんは娘が外国人と結婚することに猛反対し、結局、環さん夫婦は大阪に行き、そこでなおみは生まれた。その後、アメリカに移住し、テニスの腕を磨きました」(大坂家関係者)

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