安田顕×倍賞美津子×宮川サトシ「ぼくいこ」映画化記念鼎談

エンタメ 映画 週刊新潮 2019年2月28日号掲載

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「がん宣告」された母と向き合う日々とその母亡きあとの日常を通じ、息子は何を知ったか。感動のエッセイ漫画が映画化された。公開を前に、息子役の安田顕さんと母親役の倍賞美津子さん、そして原作者が撮影の舞台裏とそれぞれの「家族愛」を語り合った。

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 がん宣告された母親とその家族の日常をせつなくも明るく描く映画「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。」が2月22日に公開された。心優しいが頼りない息子・サトシを安田顕さんが、陽気でパワフルな母親・明子を倍賞美津子さんが演じ、父親役の石橋蓮司さん、サトシの恋人役の松下奈緒さんがワキを固める。

 原作は宮川サトシさんの自伝的な同名漫画(新潮社刊)。公開に先立ち、その宮川さんと安田さん、倍賞さんが語り合った。

倍賞 タイトルをうかがってドキッとするものもあったんですけど、私、実際に食べた、という話を聞いたことがあるんですよね。

安田 「食べたいと思った」で、食べたというタイトルではないですけどね(笑)。

倍賞 でも骨をしゃぶった人とかいるんですよ。

宮川 地方によってはそういう習慣がある村もあるらしいですね。読者の方からもお便りをいただきました。確か勝新太郎さんは母親の遺骨を齧ったとか聞いたことがあります。

安田 僕はキスしたって聞きましたよ。映画にも骨にキスするようなシーンがありましたね。実際、お母さまが亡くなられた時、骨ってもらったんですか?

宮川 もらえなかったんですよ。兄が家を代表して常識人として振る舞ってくれて「やめとけ、それはよくない」って(笑)。僕としては、もったいないな、と思ったんですよ。レストランとかでまだソースが残っているのに「お下げします」って持ってっちゃうのがあるじゃないですか。あの感じです。

安田 遺品と言えば遺品ですし、持っていてもおかしくはない。

宮川 原作には、兄と母を偲びながら「倍賞美津子を見ると思い出すよね」というシーンがあるんです。でもロケ現場でお会いしたら、倍賞さんは彫りが深くて、お顔の作りがぜんぜん違うことに気がつきました。ただ古民家での撮影を見た妻が「お義母さんがいる」って言いだして。

倍賞 藤色の服を羽織ってるところです。

宮川 あの藤色はうちの母が大好きな色で、遺影の写真もそうなんですよ。それと、抗がん剤治療の後に髪の毛が抜けて頭巾を被った様子もよく似ていて、妻と一緒に泣いちゃいましたね。

安田 実際、どんなお母さまだったんですか?

宮川 肝っ玉かあちゃんみたいな人です。倍賞さんが「3年B組金八先生」で演じられていた金八先生の奥さんのイメージ。

倍賞 あれは保健室の先生で、子どもたちからアマゾネスってあだ名をつけられたんですよ。

安田 そうそう。

倍賞 私はそういう話はまったく知らなくて台本だけ渡され、読んでみたら、これは温かい話ができるなと思いました。

 母親ってああいう風に一所懸命に子どもを愛するんですよね。たぶん私の母もそうだったと思うし、私も子どもと孫がいて、いまは海外にいますけども、急に電話したら、風邪を引いていたりとか、かつては親知らずを抜いて熱出していたりとか、勘が働くんですよ。子どもは女性の肉体の中から生れてくるということがやっぱりあるのかな。

宮川 予告編に「サトシありがとね」と言うシーンがあって、実際には母から言われてないんですが、母が言葉にしたらそうだろうなというセリフで、しかも倍賞さんのイントネーションが不思議に母と同じ岐阜弁。あそこはブルブルしました。

安田 お話をうかがっていて、自分の母親のことを思い出しました。高校受験の頃、急にお腹が痛くなって夜に救急病院に行ったことがあったんです。看護師さんが浣腸してくれたんですが、出しても出しても痛みがおさまらない。家に戻ってもダメで「どうしても痛い」と深夜12時くらいに母親の部屋に行ったんです。そうしたら「おいで」と言われて、母親が背中に手を当ててくれた。もう15歳なのに(笑)。でもそのまま寝ちゃって、翌日になったら痛みが消えていました。これが手当てかと思った。

宮川 そのことをお母さまは覚えていますか?

安田 どうでしょう? 僕の目の前でカレーこぼして「わたしじゃない」って言う母親なんですけど(笑)。

倍賞 ハハハハ。

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