14年ぶりに「箱根」を走った東大生ランナー 本人語る“4度目の正直”

スポーツ

  • ブックマーク

Advertisement

最初で最後

 箱根出場を決めた予選会が開かれたのは、昨年10月。

「以来、最初で最後ということもあってか、教授や友人、両親など、みんなから“とにかく楽しんでこい”と言ってもらいました。今回は、周囲の期待と激励に応えたい、その一心でした。前回の轍を踏まないよう、インフルエンザの予防接種も2回受けましたね」

 レースでは気が逸ったり緊張することはなかったが、

「1区のほかのランナーにぜんぜんついていけませんでした。全体のペースが上がった8キロ付近で置いていかれました。自分の力不足もさることながら、コンディション自体も調整できていなかった。昨夏に痛めた左足のストライドが思うように伸びないんです」

 ようやく出られたのに、万全ではなかったのだ。よほど心残りだろう……。

「でも、いまは“箱根”のくびきから解き放たれて、新たな心境になっています。1年時から、練習は1時間の朝練と、午後に2時間程度の計3時間。主にインターバル走とペース走の組み合わせです。これを週2、3回やってきました。よく研究と競技の両立は難しくないかと訊かれるのですが、4年間、十分に両立できていたと思っています」

 ちなみに、大学の卒論は、工学部らしく液晶に関する内容なのだとか。そんな彼は今春から東大の大学院に進み、ゼロからのスタート。運動生理学の分野で乳酸を研究するという。

「実業団の『GMOアスリーツ』から声をかけてもらったので、競技も続けます。当面の目標は、マラソンで2時間10分を切ること。それがクリアできたら、次は9分切りを目指す。競技をやっている間は競技の世界で行けるところまで行きたいと思っています」

 つづら折りの人生も、楽しめているようだ。

週刊新潮 2019年1月17日号掲載

ワイド特集「胡乱な賀詞交換会」より

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。