改元の「恩赦」で“重罪人も放免”!? 平成では1200万人が対象に

社会週刊新潮 2019年1月17日号掲載

  • 共有
  • ブックマーク

 改元に伴い実施すると見られる恩赦。死刑囚ら重罪人が減刑され、野に放たれるのではないか、と不安視するムキもあるだろう。

 大規模な恩赦は改元のときのみならず、戦後から数えること12回行われているが、死刑囚が対象になったのは1度だけである。ノンフィクション作家の斎藤充功氏が解説する。

「サンフランシスコ平和条約が発効した1952年の恩赦では12~14人とも言われる死刑囚が減刑され、無期懲役となりました。そのうちの一人が、70年に仮出所し、その後殺人未遂で再び懲役に服するという事件も起きました」

 30年前、平成に改元された際の恩赦では、1989年(平成元年)と翌年に2度にわたって行われ、対象者は延べ1200万人以上にも及んでいる。国民の10人に1人が恩恵を受けた計算だ。しかし、その内実は、

「死刑囚はおろか、刑務所から犯罪者が出てくることもほとんどなかったですよ」

 と、作家で元刑務官の坂本敏夫氏。

「私は当時、甲府刑務所で恩赦担当の庶務課長をしていましたが、900人いる受刑者と100人の被告人のうち、一人も恩赦の該当者はいませんでした。なぜなら、対象になった罪は軽微なものばかりで、収監されている者とはほとんど関係がなかったからです」

 皇室担当記者が補足する。

「昔と違い、凶悪犯を減刑すればたちまち世間の批判を政府が浴びることになります。当時、対象になった大多数が交通違反や選挙違反で摘発された人たちでした。それも、罰金や点数が取り消されるわけではなく、交通違反によって取得できなくなった資格をとれるようにしたり、選挙違反で停止された公民権を復権させるというものだったのです」

 かたや、恩赦にすがる者もいた。斎藤氏が言う。

「88年に昭和天皇の重体が報じられると、刑が確定した死刑囚への減刑があるという噂が刑務所や拘置所に広まりました。実際、84年に北海道の夕張市で保険金目的の放火殺人により逮捕された夫婦の死刑囚は恩赦を期待して、控訴を取り下げ、確定死刑囚になりました。しかし、減刑はされず、97年に死刑が執行された。控訴していれば、もっと長く生きることができたかもしれません」

 今回は如何ばかりか。

「30年前を踏襲するとなれば、人数もその時と変わらぬ規模となる可能性があります。死刑を含む重罪に適用することは考えられませんが、慶事ゆえ、死刑執行を今年行わないということはあるでしょう」(同)

 放免はなくとも、塀の中に束の間の平穏が訪れるのか。

特集「『御代替わり』7つの謎」より