弁護士や精神科医は騙されやすい?――対談・福田ますみ×中野信子(1)

社会『波』2019年1月号掲載

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 たった1人の保護者の嘘で、教育現場が破壊されてしまう、悪夢のような実話ノンフィクション『でっちあげ』『モンスターマザー』を書いてきた福田ますみさんと、最新の研究成果から平気で嘘をついて罪悪感を持たない人の精神構造を分析した『サイコパス』がロングセラーとなっている中野信子さん。ノンフィクションライターと脳科学者というまったく異なる立場から「嘘」をテーマに語り合ってもらった。第1回では、インテリ層こそ嘘に騙されやすい理由が明らかに――。(全3回)

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福田:これまで虚言で周囲の人を過剰に攻撃して、学校を破壊してしまう人を取材してきたので、今日は脳科学や精神医学の観点で色々お聞きしたいと思っています。『でっちあげ』ではありもしない教師のいじめを捏造したお母さん、『モンスターマザー』では息子の自殺の責任があると執拗に学校を責め続けて教育現場を壊してしまったお母さんに取材しました。二人とも中野さんが『サイコパス』で書いている女性サイコパスの条件と重なっていて驚きました。「か弱さ」をアピールするとか、そのことで「標的」を惹き寄せて、ある程度関係性が出来上がると豹変するとか。すぐに自殺するって喚くという点でもそうです。

中野:便宜的に「サイコパス」という言葉を使いますが、精神医学では「反社会性人格障害」という言葉を使います。他者に対する共感性や痛みを認識する脳の部分の動きが、他の人とちょっと異なる人がいるということが近年わかってきました。大企業のCEOに代表される、重大な決断を下さないといけない職種に多いという研究結果もあるくらいで、サイコパス=犯罪者というわけではないという点にも注意が必要です。

福田:二人のお母さんはともに躊躇なく嘘をついて、周囲の人間をとても巧妙に騙すことができるんです。「うちの息子が教師にひどい体罰を受けている」「耳をつかんで千切れるくらい体を振り回した」「みんな見ていた」という嘘で周囲を騙してしまう。普通に考えたら簡単にばれてしまうような嘘なのに。

中野:おそらく自分で作り上げた「心的事実」のなかで生きているんだと思います。そのなかでは彼女たちのいう嘘が、真実なんでしょう。

福田:まさにそういう感じでした。

中野:そもそも人間の脳って、あんまり論理的にはできていないんです。ちょっと頑張らないと論理的な考え方ができない。私たちの脳は二つのシステムでできていて、ひとつが論理的に考える「遅いシステム」、もうひとつは論理的に考えず、感情で動く「速いシステム」です。前者は使っていないと鈍りやすい上に、すごくエネルギーも使うので、普段はあまり使いません。例えばトランプ大統領の言っていることは滅茶苦茶ですが、「速いシステム」に訴えるのが上手なんですね。福田さんが取材した方々はどうでしたか?

福田:矢継ぎ早にセンセーショナルな嘘をつくんです。

中野:私たちは感情に訴えられると、理性で判断するよりも、何かすぐに応急処置をしなくてはいけないと思いがちです。

福田:弁護士や精神科医のような方々がみんな騙されました。

中野:トランプ大統領を支持している人は当初、「プア・ホワイト」と呼ばれる貧しい労働者階級が中心だと言われていましたが、インテリ層も多く含まれていたことがのちにわかりました。インテリほど「自分は理性で判断している」と思い込みがちで、かえって危ないとも言えます。実際は「速いシステム」で物事を判断しているのに、「速いシステム」を補強するために「遅いシステム」を使ってしまったりします。

福田:そういう人まで取り込まれてしまうのが恐ろしいところですね。

中野:弁護士とか医師のような方々は「人を助けたい」というモチベーションを持っていますので「頼ってくる人に弱い」という性質を、人よりはちょっと多めに持っていることになります。心理学や精神医学に携わろうという人は教科書の最初に「患者さんと共依存にならないよう注意せよ」と戒めとして書いてあるのを目にするはずなんですが、教科書にそう書いてあるということは、書かないとそういうことになってしまうということです。自分が患者を助けていることに依存するんですね。快感を感じてしまう。

福田:ドーパミンなんかも出ちゃう?

中野:ものすごく出ると思います。自分が役に立っているという状態に興奮してしまう。弁護士がそういう戒めを持っているかどうかは知りませんが、危ない部分を抱えていると思います。

福田:マスコミも同じです。『でっちあげ』は、週刊文春が〈『死に方教えたろうか』と教え子を恫喝した『殺人教師』〉という大見出しで報道して、「後追い取材をしてきて」と言われて取材現場に入って書いた本ですが、私もはじめは「先生は児童をいじめたり体罰したりして、ひどい悪人のはずだ」と思っていたんです。ところが先生に何度も会って取材していくうちに、とてもそんな人には見えなくなりました。もちろん取材している途中は、どちらが嘘をついているかわからないのですが、私自身、先生に感情移入してしまって、お母さん側に立って憤っている人と、私の義憤とが対立して、客観性を保つのが大変でした。

中野:戦争にも似たところがあります。正義対正義の戦い。二つの集団の正義は異なることもあるので、それがぶつかりあってしまう。福田さんが取材してきた人たちは、その軋轢の中心にいることで自分の身を守る戦略に長けているんでしょう。

福田:『モンスターマザー』のお母さんはミクシィを駆使して、自分の主張に賛同する人を大量に集めました。

中野:児童など、自分の代理になるものを傷つけて周囲の注目を集めようとする「代理ミュンヒハウゼン症候群」という精神疾患がありますが、そのバリエーションの可能性も感じます。

福田:『でっちあげ』のケースでは「教師にひどい体罰を受けた」というお母さんの話を真に受けて、精神科医が子どもをひどいPTSDだと診断し、閉鎖病棟に入れてしまいました。強い薬を処方されてしまって、子どもも被害者ではないかと思いました。こういう親に育てられた子どもはどうなっちゃうんだろう。

中野:反社会性人格障害は遺伝する可能性があるという研究があります。後天的に獲得するものをソシオパス=社会病質と呼びますが、トランプ大統領に対してアメリカの名だたる精神科医や心理学者が「彼はソシオパスだ」と言っています。ソシオパスとサイコパスで見分けはほぼつかないんですが……。彼にも娘や息子がいるので配慮してそう言っているだけで、サイコパスだと言いたいのだと思います。

(2)につづく

福田ますみ(ふくだ・ますみ)ノンフィクションライター
神奈川県出身。立教大学社会学部卒。専門誌、編集プロダクション勤務を経て、フリーに。犯罪、ロシアなどをテーマに取材、執筆活動を行なっている。2007年に『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮社)で第6回新潮ドキュメント賞を受賞。その他の著書に『スターリン 家族の肖像』(文藝春秋)、『暗殺国家ロシア 消されたジャーナリストを追う』(新潮社)、『モンスターマザー』などがある。

中野信子(なかの・のぶこ)脳科学者
東京都出身。東京大学工学部卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。東日本国際大学教授。2008年から2010年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。著書に『サイコパス』(文春新書)、『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ 他人を引きずり下ろす快感』(幻冬舎新書)、『戦国武将の精神分析』 (共著・本郷和人、宝島社新書)などがある。