移民受け入れ、水道民営化……「改革」は日本人を幸せにするのか 『国家の品格』藤原正彦氏の大正論

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アメリカの言う通り

 問題は、こうした政策は日本ではなく、アメリカの国益につながる道筋だ、という点だ。

「アメリカは得意の情報工作に加え、息のかかったIMF(国際通貨基金)を利用し、世界各国に対ししきりにグローバリズムを進展させるよう働きかけました。とりわけ世界第二の経済大国であり、アメリカの経済上の最大ライバルでもある日本が、グローバリズムとは対極的なシステムを採りながら、極端に強い体質を持っていることは、容認できないことでした。そこで日本の強みの源泉である体質を変えることが最優先事項となりました。アメリカの核の傘の下にいるという負い目を持っていて、終戦以来アメリカにとことん従順だった日本だから、うまく脅したりすかしたりすればどうにかなる、と算段していたことでしょう」

 実際に「どうにか」なったのは明らかだろう。金融ビッグバン、BIS規制、郵政民営化、商法や司法や医療制度の改革、労働者派遣法の改革……次々に「改革」は実行された。

「これらのほとんどは、アメリカ政府が『年次改革要望書』や『日米投資イニシアティブ報告書』として日本に突きつけたものの実施にすぎません。(略)

 大手メディアは大改革を煽りながら、それらがアメリカ発という事実をひた隠しにしたと言ってよいほど報道しませんでしたから、国民は何も知りませんでした。2004年になって関岡英之氏が『拒否できない日本』(文春新書)で初めて暴いたものでした。

 2005年、小泉純一郎首相による一方的な郵政解散の2カ月前、自民党の城内実議員が衆議院の委員会で、竹中平蔵郵政民営化担当大臣にこう質問しました。

『郵政改革について日本政府は米国と過去1年間に何回協議しましたか』

 事前にこの質問だけはしないよう官僚から懇願されていたものを、城内実氏がアメリカの露骨な内政干渉に対する義憤から強行したのでした。これに対し竹中大臣は、『17回』と渋々答えました。露骨で執拗な内政干渉がなされたことを認めたのです。300兆円に上る郵貯や簡保に狙いを定めたアメリカが、いかに熱心に郵政民営化を求めたかを物語ります(略)。

 アメリカの欲する日本改造を、なぜか我が国の政官財と大メディアが一致して賛同するばかりか、その旗を振り、国民を洗脳し、ついには実現させてしまう、という流れは今も続いています」

 改革の実態がそのようなものであるとすれば、日本国民が恩恵を感じないのも無理はない。
 実は藤原氏自身、小泉政権が誕生してしばらくはこうした「改革」の本質には気づいていなかったという。「世界との経済交流を活発化するため国際的な標準に合わせているだけなのだろう」といった程度の認識だったそうだ。

「ところが、2000年代に入り欧米やアジアが力強い経済成長を続ける中で、我が国の経済だけが一向に浮揚しませんでした。世界から『日本病』などと言われていましたが、私もはっきりした理由が分らず狐につままれた状態でした。ただ、中小企業など弱者が追い込まれ、地方の駅前商店街が急激にシャッター通り化し、社会や人心が荒れてきたように感じ、大変な事態になっていると思い始めました。
 経済上の変化が、不思議と言おうか、当然と言おうか、人々のやさしさ、穏やかさ、思いやり、卑怯を憎む心、献身、他者への深い共感、と日本を日本たらしめてきた誇るべき情緒までをも蝕み始めたのです」

リーダーは教養を

 もちろん、有権者といえども一般の国民には「改革」を進める力も、止める力もない。だからこそ政治家、特にリーダーの役割は重要となるのは言うまでもないだろう。藤原氏はリーダーに求められるのは、きちんとした価値基準をもつこと、つまり教養を蓄積することなのだ、と説く。

「きちんとした価値基準を持たない国のリーダーは、個々の現象に目を奪われ、それらを貫く本質が見えませんから、大局観や長期的視野を持つことはとうてい不可能です。したがってすべての改革は小手先の対症療法とならざるを得ません。これなら世論の支持も得られそうだから、盟友アメリカにこう言われたから、中国や韓国にこう言われたから、波風を立てないためにこうしよう、となるのです。(略)

 国のリーダーは、外国の顔色をうかがうようでは論外ですが、国民の目線に立ってもいけません。国民には国をリードする能力がないからです。国民の心の底にある不安や不満を洞察したうえで、大局観により国家国民の10年後、30年後、50年後を見すえつつ、生命を捧げるつもりで国をリードしなければならないのです」

 少し前には「働き方改革」が叫ばれ、現在の国会でも外国人労働者という名の移民の受け入れ拡大や、水道の民営化といった「改革」が実行に移されている。これらは大局観に基づいたものなのだろうか。

デイリー新潮編集部

2018年12月28日掲載

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