「海老蔵」の團十郎襲名は2020年春が濃厚 負けじと落語界も「志ん生」を復活!?

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 来年のことを言えば鬼が笑うとは言うけれど、ならば再来年のことではどうだろうか。東京オリンピックが開催される2020年、いよいよ市川海老蔵(41)の13代目・團十郎の襲名が決まったようだ。さらに、負けじと落語界でも、大看板が復活するとか――。

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 海老蔵の團十郎襲名は既定路線とはいえ、その時期はわからなかった。一説には来年にも……、あるいは、東京五輪の組織委員会の文化・教育委員会のメンバーでもある海老蔵に團十郎の名を背負って五輪の舞台に立ってもらいたい。「そのためには2020年の夏までには何とか!」という声もあった。

 ただ、歌舞伎の名跡の中でも最も権威があるとされる團十郎を継ぐには、それなりの手順があるという。

「まず、これまでの團十郎襲名は5月の恒例歌舞伎興『團菊祭』で行われてきたこと。11代目(1909~1965)は1963年4月と5月、12代目(1946~2013)は1985年4月から6月までの3カ月にわたり、歌舞伎座で襲名披露興行が行われました。その襲名興行に欠かせない演目こそ、成田屋(市川宗家)の歌舞伎十八番『助六由縁江戸桜』であり、さらに成田屋が演じるこの演目に限っては、ひいきの旦那衆数十人の語る浄瑠璃『河東節(かとうぶし)』に合わせて演じるのが江戸時代からの習いです。あくまで素人浄瑠璃ですから、稽古しなければならない。当然、それなりの準備期間が必要ともなり、京都、大阪でも行われる興行中は時間も空けてもらわなければならないので、おいそれとできるものではないのです。先代の時は、襲名が決まると、松竹は2年前に発表していましたが、海老蔵の場合はいまだにそれもない」(歌舞伎評論家)

 だから、来年5月の襲名はあり得ないというのだ。そこへ、河東節旦那衆の1人からこんな証言が……。

「先日、成田屋さんの番頭さんから河東節のほうへ『再来年の春、お願いしたい』と依頼されたそうです。私たちが河東節を語った大がかりな舞台というと、近年では海老蔵さんが襲名したとき、旧歌舞伎座のさよなら公演、そして昨年の河東節開曲三百年記念演奏会くらいでしょうか。それほど河東節は、何らかのお祝いや記念に語るこもの。現状で再来年といえば、海老蔵さんの團十郎襲名しか思いつきません。その際、團十郎と息子の勸玄くん(5)の新之介襲名を同時に行うと聞いています」

 父の12代目・團十郎は、現在の歌舞伎座でのこけら落としに助六を演じるはずだったが病に倒れた。18代目・勘三郎(1955~2012)、15代目・三津五郎(1956~2015)と、次代を担うはずだった役者たちも次々と亡くなり、歌舞伎界に何やら暗い影を落としていた。

 今年になって、幸四郎改め2代目・松本白鸚(76)、染五郎改め10代目・松本幸四郎(45)、金太郎改め8代目・市川染五郎(13)、高麗屋三代の襲名披露公演が行われ、ようやく華やかさを取り戻してきた歌舞伎界。

 この流れを止めぬためにも、新年早々にも團十郎襲名を発表して、賑々しく行ってもらいたいものだ。

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