「女子マラソン元日本代表」を苦しめる“窃盗症(クレプトマニア)”という病 専門家が解説

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万引きが深刻な被害だと捉えられていない日本社会

 大森榎本クリニックでの万引き依存症治療は、同じ悩みを抱えた仲間たちとグループを組んで、再発防止モデルを用いた認知行動療法と呼ばれるアプローチで「盗める環境で盗まない自分」に変わるのが目標だという。

「万引き依存症は、完治が難しいので、あくまでも治療初期はリスクマネジメントと再発防止が狙い。今日1日、万引きしないことをコツコツと毎日積み重ねていくことが重要です。ほかにもたとえば時折、グループ内で物がなくなり、『誰かが盗んだんじゃないか』と騒ぎになることがあります。ただここは治療の場です。そのときに、徹底的に犯人探しをするのではなく、全員にとって学びの場にすることが大切です。自分の私物を盗られることで、初めて『盗られた側の気持ち』がわかり、内省が深まる人もいるので、当事者たち同士で一緒に過ごす時間がとても貴重なのです」

 当クリニックの治療プログラムを受けている間、全体として患者の再発率は低下するものの、執行猶予の判決が出た帰り道や、出所した日に万引きしてしまう人も珍しくない非常に不可解かつ強力な病なのだ。

 平成29年版犯罪白書によれば、平成28年に認知された万引きの件数は11万2702件。1日に300件以上も万引きが起きている計算だ。ただこれはあくまでも、警察沙汰になった事例のみで暗数が多いのが万引きの実態。実際の件数は、どれくらいになるのか想像もつかない。

 万引き被害額も、全国万引犯罪防止機構の調査では、1年間で4500億円を超え、1日あたり12.6億円が盗まれている計算になる。しかし、これもかなり少なく見積もっている額だ。

 これだけ甚大な経済的損失が出ているにもかかわらず、万引き犯を捕まえても様々な手続きにかかる時間とコストを考えて、通報をためらうケースも多いようだが、それでも特に個人商店への影響が大きく、万引きによって閉店を余儀なくされることも決して少なくないと斉藤氏。

 万引きは被害の見えにくい加害行為である。万引き依存症がいかに身近で、もっとも発生件数の多い深刻な犯罪だということを多くの人々がしっかりと認識し、社会全体で対策をしなければ、被害は拡大し続けていくばかりだろう。

取材・文/福田晃広(清談社)

週刊新潮WEB取材班

2018年12月5日掲載

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