婚約発表寸前だった「十朱幸代」と「西城秀樹」 “12歳差愛”を許さなかった秀樹の実姉

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弔辞代わりに暴露本という「十朱幸代」の「西城秀樹」野辺送り(2/2)

 十朱幸代(75)の自叙伝『愛し続ける私』(集英社)では、名こそ伏せられているものの、かつての恋人・西城秀樹(享年63)との思い出が“暴露”されている。12歳差の2人の恋愛は1990年半ばまで芸能マスコミを賑わせたが、やがて鎮静化。92年には秀樹自ら破局を明かしてもいる。十朱は先の自伝で〈周囲には反対する方がたくさんいました(中略)私はそこから先に進めなくなってしまい……〉と婚約寸前で終わった関係について綴っているのだ。

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 十朱がこの10月から突然、再三語るようになった、秀樹との「別れ」。自伝には〈婚約発表会見を1週間後に準備する、というところまで、行きました〉と書かれているが、当時のフジテレビ関係者が声を潜めて語る。

「これ、事実で、婚約会見はフジテレビで仕切ることになっていて、会場も新高輪プリンスホテルと決めて、予約こそまだでしたが、内諾は得ていたんです。ところが、いざ具体的な話に入ろうというとき、スポーツ紙が“6月に婚約発表、今秋結婚”とスッパ抜いた。私たちは、十朱さんの事務所サイドが情報を流したのではないか、と話していました。十朱さんは“仕事と家庭の両立はできないかもしれない”とのお考えで、事務所は、仕事を辞められたら困る、と頭を抱えていたようなんですね」

 そして、この報道を機に、十朱が語るように反対の嵐が吹き荒れたという。十朱の知人が語る。

「秀樹さんは、十朱さんのお母さんとの関係もよかったんですけどね。90年に香港から日本に向かうクイーン・エリザベス2世号の船内で秀樹さんがディナーショーをしたとき、仕事で参加できない十朱さんの代わりに、彼女のお母さんがいらしたほどです。ところが、いざとなると“あなたは子供も産めないんだから、結婚しなくてもいいんじゃないか”と言って、反対したんです」

 秀樹側の反対はさらに激しかったようで、秀樹の往年の友人が言うには、

「秀樹は“母親に会うたびに、孫の顔が見たいと言われるんだ”と語っていたので、彼のご両親から、十朱さんは子供を産めない年齢だという理由で、反対されたのだと思います。それでも秀樹は“子供がいなくても、あの人と一緒にいたいんだ”と言っていたんですけどね」

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