婚約発表寸前だった「十朱幸代」と「西城秀樹」 “12歳差愛”を許さなかった秀樹の実姉

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女優のプライド

 いったい、なぜなのか。

「もちろん、西城さんが2001年に結婚され、3人のお子さんもいたから、それに遠慮して、ということもあるでしょう。でも、それだけではなく、西城さんを支援していた芸能界の有力者や、実のお姉さんの意向も働いていた。そう聞いています」

 さすがに、そんなふうに扱われれば、十朱も残念に思うのではないか。

「十朱さんも、最初は西城さんの家族のことを考えたでしょうが、亡くなったのならある程度は許されると思ったはずです。西城さんは、15年も同居した小坂一也とも籍を入れなかった十朱さんが、一番結婚に近づいた相手。その思い出をどこかに残したいという思いがあった。ところが西城さんが亡くなると、自分がその近くにいたという事実は無視された。その悔しさもあって、いっそう踏み込んで語るようになったんだと思います」(同)

 自伝には、秀樹が言いなりになっていた実姉への恨めしさも滲んでいる。

 別の芸能関係者が言う。

「出版社だって、本の“売り”として西城さんの話題は欠かせません。いま十朱幸代と言われてもドラマにもあまり出ていないし、西城さんの思い出が入らなければ話題になりません」

 平成の幕開けと、ほぼ同時に始まった秀樹と十朱の大人の交際。いま平成が幕を閉じようというとき、一足先に亡くなった秀樹との思い出を、タイムカプセルのように保存したいという、ベテラン女優のプライドだったのかもしれない。

週刊新潮 2018年11月15日号掲載

特集「弔辞代わりに暴露本という『十朱幸代』の『西城秀樹』野辺送り」より

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