それでも「改憲」したいですか?(上)(石田純一)

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石田純一の「これだけ言わせて!」 第11回

 連続3選された安倍晋三総理は、これで悲願の憲法改正に一歩近づいた、と思っていることだろう。しかし、総理は現行の日本国憲法を、連合国軍の占領下においてGHQの草案に基づいて制定された、つまり押しつけられたものだと批判するが、日本国憲法よりもすぐれた憲法をつくる能力が、はたして今日の日本の政治家にあるのだろうか。

 いまの憲法が制定された経緯を振り返っておこう。

 当初、日本側から出された改正案は、大日本帝国憲法に多少手を入れたにすぎないものだった。帝国議会に提出され、圧倒的多数で可決されたが、国民のことをいまだに「臣民」と呼ぶようなものだったのだ。そこで示されたのがGHQによる草案だった。

 それはたしかに、わずか1週間で書かれたものだったが、自由な気風と善意にあふれていた。GHQの起草委員会には、法曹界の重鎮から若手のエリート、リベラルな司法や行政関係者、大学教授まで、気鋭のメンバーが集められていた。そこでは、憲法は最高法規だから将来にわたって、この自由で民主的な根幹は変更できないようにしよう、という意見も出された。だが、そんなふうにしたら将来の日本が困るから、未来の日本は未来の日本人に任せようということで、憲法を自己否定する自由さえ認められたのだ。また、当時はアメリカやフランスでも完全には認められていなかった男女同権がいち早く取り入れられた。

 こうして定められた日本国憲法に対し、改憲を主張する自民党サイドが訴えてきたのは主に次の2点である。一つは、改憲されない期間が世界でも最長だ、ということ。もう一つは、制定されてから時間が経過し、時代に合わなくなってきている、ということ。

 誤解のないように強調しておくが、僕は改憲すべきではない、と頑なに訴えているわけではない。いまの憲法を、本当の意味でさらに改良できるなら、それに越したことはないだろう。問題は、改悪にならないか、ということなのだ。実際、自民党は60年近くも、憲法改正を訴えてきながら、2012年にようやく示されたその改憲案は、はっきり言って、無教養と不見識があふれんばかりのシロモノだった。永年人類が希求してようやく獲得した基本的な人権、自由や平等を制限し、復古調というか懐古的な、統制の取れた社会や国家像を目指すモノ。残念ながら、欧米をはじめとする立憲主義の近代国家と、もはや価値観を共有しない、国民が(権力に)縛られるモノ。

 一例として、日本国憲法第13条を挙げよう。そこには、

〈すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする〉

 と書かれている。一方、自民党の改憲案では、こう改められている。

〈全て国民は、人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公益及び公の秩序に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大限に尊重されなければならない〉

〈公共の福祉〉と〈公の秩序〉は、似ているようでまったく違う。前者は、相手にケガを負わせるような“人権の衝突”のことを指すが、後者は“秩序”のことだ。要するに、時の権力が「君のいまの発言はみんなの秩序を乱した」と判断すれば、国民の権利は制限されるということだ。また、日本国憲法における「個人」は「人」と改められている。「個人の尊重」という理念を弱めようというのだろう。

 自民党の改憲案は、人権よりも国や社会、公益や秩序を上位に位置づけようという姿勢が、終始一貫しているのである。(次回に続く)

石田純一(いしだ・じゅんいち)
1954年生まれ。東京都出身。ドラマ・バラエティを中心に幅広く活動中。妻でプロゴルファーの東尾理子さんとの間には、12年に誕生した理汰郎くんと2人の女児がいる。元プロ野球選手の東尾修さんは義父にあたる。

2018年11月15日掲載

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