十朱幸代が“暴露”を始めた「故・西城秀樹」との仲 自叙伝に綴った破局の真相

エンタメ 芸能 週刊新潮 2018年11月15日号掲載

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弔辞代わりに暴露本という「十朱幸代」の「西城秀樹」野辺送り(1/2)

 恋多き女優が人生にただ一度、入籍を決意した男性は、今年亡くなった12歳下の元スーパーアイドルだった。口を噤んできた西城秀樹との関係を、弔辞の代わりに自叙伝で“暴露”すると、にわかに饒舌になった十朱幸代(75)。その胸の内は千々に乱れていた。

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「あれはもう、2年前に終わりましたよ」

 今年5月16日、63歳の若さで鬼籍に入った西城秀樹が、ラジオ番組に出演中にそう語ったのは、1992年12月。「あれ」とは、12歳年長の女優、十朱幸代との恋愛である。

 実際、この34歳と46歳の年の差カップルが芸能マスコミを賑わせたのは90年半ばまでで、その後、2人のツーショットが目撃されなくなると、騒動も鎮静化。2年後に秀樹の言葉で破局が確認されると、

「恋多き十朱に秀樹が遊ばれただけだったのでは」

 などと憶測が語られるだけで、真相が究明されることもないまま時は過ぎ、秀樹の死を迎えた。

 ところが、十朱はこの10月から急に、秀樹との別れの真相について語り出したのである。まず、『愛し続ける私』(集英社)という自伝のなかに、秀樹の名は伏せながらもこう書いた。

〈彼とは、婚約寸前まで行きました。私が結婚というものに一番近づいたのは、あのときだったように思います。そのころには仕事にも少し余裕が生まれていて、「今なら結婚という選択肢もあるのかもしれない」、と思ったのです。実は婚約発表会見を1週間後に準備する、というところまで、行きました。

 それでも、ふたりの周囲には、反対する方がたくさんいました。自分の親、兄弟、彼のご家族の反対を前にしたら、私はそこから先に進めなくなってしまい……。

 迷いを振り切っても結婚する、という覚悟が私にないと知って、彼は去って行ったのです〉

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