“トンネル爆破未遂事件”もあった「天皇陛下」の鉄道事情 平成で一変

国内 社会 2018年9月30日掲載

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中核派の爆破未遂事件

 平成になって御召列車を見る機会が激減した印象があった。そこで「平成御召」を調べてみると、昭和天皇と較べるとやはり減ってはいるものの、激減とまでは言えないかもしれない。では「激減」の印象を持ったのは何故だろうと考えると、まず新幹線に乗車する機会が増えているのだ。天皇を乗せた新幹線も御召列車には違いないが、国旗も紋章もない。何よりも御召かどうか、車両を見ただけではわからない。

 行幸は新幹線や飛行機で訪問地近くまで行き、そこからは車に乗るというパターンが平成時代の基本スタイルである。例えば今年6月10日、福島県南相馬市で開かれた全国植樹祭に臨席した天皇皇后は前日9日、在来線の御召列車ではなく、郡山まで東北新幹線に乗車(E5系)、郡山からは自動車で常磐自動車道を走った。

 現天皇の最初の御召列車も新幹線だった。平成2年11月26日、東京11時56分発の特別臨時列車。名古屋で近鉄に乗り換え宇治山田まで乗車。伊勢神宮で即位の報告をする親謁の儀である。

 この日早朝、新横浜駅から1キロほど小田原寄りトンネル付近で消火器爆弾が爆発、「高さ約13メートルのコンクリート製の土止め壁(厚さ約60センチ)の頂上付近が縦約3メートル、横約6メートルのV字形に削り取られ、下り線路内に落下していた」(朝日新聞平成2年11月26日付け夕刊)。中核派が犯行を認めている。1番列車「ひかり1号」は新横浜駅で緊急停車した(当時は「ひかり号」のほとんどの列車が新横浜を通過していた)。なんとも物騒な門出となったが、天皇は予定通り伊勢神宮へ向かった。

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