「さらっとやられちゃって、みんなくやしいんだろうな」 ハライチ岩井新連載でも“腐り芸”全開

エンタメ2018年9月14日掲載

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 お笑い芸人・ハライチの岩井勇気さんによるエッセイ「僕の人生には事件が起きない」が小説新潮BookBangで始まりました。独自の視点で日常に潜むちょっとした違和感を綴る初めての連載は、新感覚アルカイックスマイル・エッセイ。ほとんど執筆経験のなかったという岩井さんご本人に、新連載への抱負やテーマの見つけ方、お笑いと執筆の違いなど伺いました。いつもとちょっと違う(?)素敵なポートレートも必見! 

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――最初に「小説新潮」にご登場いただいたのは2017年5月号でした。それまでご執筆のご経験はほぼなかったかと思いますが、その時は書いてみていかがでしたか?

岩井勇気(以下、岩井):日常的に文章を読むこともほとんどなかったので、書き言葉と喋り言葉の違いに戸惑いました。先行のエッセイなど参考にしても、内容も文章も何が良くて何が悪いのかもわからない手探りな状態で。あと文字数が長いなと感じていたので、まとまっているか不安でしたが、もう一回書きたいという気持ちはありました。結局、編集からの鬼の修正をもらいましたが、今まで書いたこともないし、発想はあっても文章には別にプライドはないので、修正の来ないほうがさらに不安になりますね。「んなわけないじゃん」って思いますよ(笑)

――それから約1年を経て、連載が始まりましたが、最初書いた時と今とで、言葉の選び方や表現の仕方など、変わったことはありますか?

岩井:最初はお笑い芸人が描くコラムと意識して書いていましたが、書いていくにつれてより自然に思ったことを書くようになりました。小手先の技術で格好よく書いたり、「ここで笑いがとれそうだからとりあえずとっておこう」という上っ面の文章は読む側に伝わるという事に気付かされました。そういうのを入れていないと書くこと自体が不安だったのですが、今は事柄が面白ければいいという気持ちでいます。3分の1を書くまでがしんどくて、書き始めると着地点が見えてくるのであとは楽しくそこに向かって行けばいいのですが、出発点が難しいです。

――では、書く題材はどのようにして選ばれているのでしょうか?

岩井:喜怒哀楽の中では「怒」と「楽」が書きやすいので、その感情の時に何があったか考えます。もしくは出来事全体のここからここまでを書くと決めて、「怒」と「楽」をチェックポイントにして向かっていく感じです。本来は怒るべきところを楽しんだりもします。「喜」は人の話でも自分の話でも聞いていられないし、「哀」は面白い話に繋がらないので、あまり書く気になりません。

――岩井さんにはラジオのファンも多く、ラジオのネタと書く題材が重なる時もあると思いますが、話す時と書く時で、伝え方に違いがあったりしますでしょうか?

岩井:違いますね。「この人の考え方だと、このことについてこう思うんだ」というのが明確なほうが書きやすいですし、あとは、「あるある」が入っていたほうが書きやすいです。ラジオだとお笑いのノリで出来事だけが面白い話も話せるんですけど、それはあまり文章には向いていなくて、明確なオチはないけど「僕はこう思いました」と書いたときに共感でも反発でも何か考える部分があるような、問題提起できる話は文章に向いていそうな気がします。だからラジオのほうが何でもないことでも15分くらい話せるからテーマが広くて、書くときのほうが話の選び方に縛りがある感じがします。情景だけでは笑えないというか、面白いことの先にもう一つ何か必要な気がするんです。書くのでも話すのでも感動させに行く時点で詐欺なので、感動はさせたくなくて、笑えたほうがいいなとは思いますけどね。

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