「席を譲って」と口にするドイツ人、空気を読んでもらいたがる日本人

国際2018年9月11日掲載

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ホリエモンのツイート

「新幹線でシートを倒す時に一声かけるべきか否か」という問題が少し前に話題になっていた。きっかけはホリエモンこと堀江貴文氏のツイート。グリーン車で前に座る男性から「倒していいですか」と聞かれた堀江氏は、「前の席のクソ野郎がおれが寛いでいるのにもかかわらず一々『席を倒していいですか?』とか聞いてきやがる。ウゼェ。勝手に倒せや」とつぶやき、これが賛否両論を巻き起こしたのである。

 これに限らず、公共交通機関におけるマナー問題は頻繁に議論されるテーマと言えるだろう。「人前で化粧することの是非」「においの強い食べ物を食べることの是非」等々。

 多くの人が自分の問題として直面したことが多いのは、「目の前の人に席を譲るべきか否か」かもしれない。

 老人と言い切るには若く見えるような、服も若作りで派手だし、でもやっぱりかなりの年輩に見えるし……。

 目の前に立つふっくらした女性は、妊婦さんにも見えるがマタニティマークは見当たらないし、単なる体型のような気もするし……。

 こんな逡巡があると、なかなか「どうぞ」と席を譲ることも気が引けるというのが一般的な日本人的感覚ではないだろうか。

 しかし、国が変われば事情も変わる。ドイツ在住のフリーライター、雨宮紫苑氏が、著書『日本人とドイツ人 比べてみたらどっちもどっち』で、紹介しているのは、ドイツでよく見られるケースだ(以下、引用はすべて同書より)。

「ドイツには、マタニティマークやヘルプマークなどはない。座りたければ『こういう理由があって座りたいので席を譲ってくれませんか』と口に出す。それを聞いて、『はいどうぞ』と誰かが譲る」

 ある時、彼女が見かけたのはこんな光景だ。満員状態のバスに、杖をついたおばあさんが乗車してきた。

 そばに座っていた女性が、おばあさんに「座りたいですか」と聞くと、おばあさんは「座れたらうれしい」と答えた。しかし聞いた女性はベビーカーを連れての乗車だった。その様を見ていた別の男性乗客が、

「こっちに座りたい人がいるんだ。席を譲ってくれる人はいないか」

 と訊ねると、「どうぞ」と一人が立ちあがったが、別の女性が「わたしが次で降りるからこちらにどうぞ」と席を譲った。

 こうしておばあさんは無事座ることができたという。

議論が娯楽の国

 日本では、こんな風に「座りたい」と口にするケースはあまり見ない(無理やり尻を押し込む人はいるかもしれない)。一方のドイツはといえば、これに限らず、日頃から誰もが自己主張をする傾向が強い、「議論大国」なのだという。こうした国民性が「席を譲ってほしい」とも関係しているという。

「友達とビールを飲みながら選挙の話で盛り上がるし、スタバでコーヒーを片手に難民受け入れの是非を話すし、クリスマスのプレゼント交換後、テロについて家族で議論することもある。

 みんなとにかく自分の意見を口にしたがるから、言葉のキャッチボールのスピードが早い。話している人の発言にかぶせて『それはちがう』と言ったり、『その意見はまちがっている』と言うこともふつうだ。議論のなかでは、『データを出してみろ』『君の言いたいことがわからない』といった言葉も飛び出す。最初はそんな様子を見て、殴りあいの喧嘩に発展するんじゃないかとヒヤヒヤしていた。

 だがドイツの人びとは、いくら対立しようとも、議論が終わるとケロッとして仲良く雑談しだす。自分の意見を伝え、相手の意見を聞くことが目的なので、そのときに『相手がどういう人か』には基本的に興味がない。だからこそ、意見と人格を切り離せるのだろう。

 議論をしているというとなんだか頭が良さそうに聞こえるが、意見がすべて洗練されたものであるわけではない。根拠がない意見を自信満々に言う人もいるし、柔軟に意見を変える人は少ないし、意見の押し付け合いになることも往々にある。議論をするドイツが、議論を避けがちな日本より優れているわけではない」

 ドイツでは意見交換自体が「カネのかからない娯楽」と理解されているフシもあり、「女子高生が恋バナをするのと同じようなテンションで、政治について話すのだ」という。

 こういう文化を持つ社会であるからこそ、「私は座りたい」と主張することに抵抗が少ないというのは理解できる。

 もっとも、「席を譲ってほしい」と表明するような社会がいいのか、何となく察して気配りをする社会がいいのか、好みは分れるところだろう。多くの日本人は、やはり後者を好むかもしれない。

 さて、「席を倒していいですか」と聞かれて、「ウゼェ」と怒った堀江氏は、どちらのタイプなのだろうか。「察する」ことを求めるという点から見れば日本人的とも言えるし、自らの意見を強く主張する点から見れば非日本人的とも言えるが……。

デイリー新潮編集部