初体験でも楽しめる――達人おすすめの「泊まれる遊廓」

旅・街歩き2018年9月10日掲載

  • 共有
  • ブックマーク

 行ってはいけないと言われた場所ほど、行ってみたい。見てはいけないものほど、覗いてみたい。今はもうない「遊廓」もまた、そんな誘惑にかられる場所だろう。

 遊廓は、かつて売買春が公然と行われていたところで、昭和33年の売春防止法施行を境に消滅した。日本の負の遺産のひとつとも言えよう。でも、そこに今、誰でも泊まれる元遊廓の宿がある、と聞いたら、ぜひ行ってみたいと思う人も多いのではないだろうか。

「遊廓時代の独特の意匠が見られるということで、建築に興味のある若い方の間でも最近注目されているようです」

 そう話すのは、遊廓から旅館業へと転業した「転業旅館」に詳しいカメラマンの関根虎洸さん。これまでの取材の成果をまとめた著書、『遊廓に泊まる』が最近刊行された。

「そもそも遊廓は、港町や鉱山で栄えた町、門前町などにつくられました。繁華街というより、古い町に存在するので、そうした町の風情を楽しむこともできると思います」

 とはいえ、やっぱり元遊廓ってなんだか怖い。ひとりでも大丈夫? という声も聞く。

「実際、行ってみたら、ご主人が待ち構えていて(笑)、酒盛りが始まっちゃったという旅館もありました。そういうところにいきなりあたってしまったら、ちょっとナンですよね」  

 なので、“初心者”でも安心の、絶対おすすめの3軒を教えていただいた。

「まずは八戸市の新むつ旅館ですね。大きな破風をつけた外観からして、とてつもない存在感があります。そして玄関を入ると、これまた存在感たっぷりのY字階段に圧倒されます」

 住宅街の中に建つこの旅館は、明治時代の遊廓の姿をほぼそのまま残しているという。

「建築自体がすごいのですが、女将さんがとても遊廓文化に理解が深く、昔の資料類も多く保存されているので、それらを閲覧できるということも、おすすめのポイントです」

 たとえば、明治30年代の「遊客帳」なるものがある。そこには、接客した女性の名のほか、客の風貌や飲食したものまで記されているそうだ。

「つまり、しっかり管理されていて、遊廓と警察がつながって犯罪防止にも役立てていたというわけです。ちょっと意外でしょう?」

 その場に行かなければ見られないものがある。新むつ旅館は、貴重な資料を目の当たりにできる希少な宿でもあるのだ。

「次は同じ青森県、黒石市の中村旅館です。こちらも遊廓建築の独特な遊び心が多々見られる旅館。一歩中に入ると、大きくて急な階段が目に飛び込んできます。急なのに手摺がやけに低いな、と思って見ていたら、女将さんが『これは階段じゃなくて、“顔見世”だよ』と教えてくれたんです」

 磨きこまれた段々に女性たちが居並び、下から客の男たちに品定めされたという。まさに歴史がここにあるのだ。

「いろいろ考えさせられるけれど、そうしたものも含めて、元遊廓に思いを馳せていただければと思います」

 そして最後は山口県萩市の芳和荘だ。

「ここはご主人がかなりの“磨き好き”で、どこもかしこもつやつやに磨かれている。掃除の行き届いた清潔感が第一印象の宿です」

 ぐるりとロの字型の回廊に面して客室が並んでいて、扉を開ければ中庭の景観が楽しめる造りになっている。回廊の欄干には「ち」「ょ」「う」「し」「ゅ」「う」「ら」「う」と文字がくりぬかれているとか。

「長州楼とは、かつてこちらの隠れ屋号だったそうです。こうした意匠は遊廓建築ならではの味わいですね」

 さて、この3つの宿、建築の見どころが多いというだけでなく、関根さんによれば、朝ごはんのベスト3でもあるという。

「旅館に泊まるうえで、朝食は絶対はずせない大事な要素ですから。新むつ旅館に泊まったら近くの八戸港の市場で食べる朝ごはんをおすすめしたい。中村旅館は、80歳ちかくの女将さんが手作りしてくれる、ザ・日本の朝ごはん、のような朝食をいただけます。芳和荘は、東京の名店で修業したというご主人が作る味。すべておいしいです」

 おまけに、どこも1泊5~6千円とじつにリーズナブルなのだ。

「こうした転業旅館は、建物の老築化や後継者不足もあって、いつなくなってしまってもおかしくないのが現状です」

 今ぎりぎり間に合う体験となるのかもしれない。「遊廓に泊まる」楽しみを味わってみてはいかがだろうか。

デイリー新潮編集部